中村文則『掏摸[スリ]』 [本]
中村文則『掏摸[スリ]』読みました。
実は去年の暮に読み終わってたんです。
中村文則『悪と仮面のルール』を図書館に返却に行ったら、棚にありました。
年末の忙しい時期だけど‥‥と思いながら借りてきたんですが、
読むのは一気に読めました。『悪と仮面のルール』が途中何度か中断したのとは対照的。
短いってのもあるかもしれませんが、緊張感のある文章と展開、面白かったです。
この人の本の中では一番「面白い」小説だと言っていいでしょう。
これまでの文学的な暗い面と、ピカレスク小説のようなエンターテイメント性が
とてもいい具合に調和しているように思いました。
うん、さすが、大江健三郎賞を受賞した作品ですね。
(この後の作品『悪と仮面のルール』では、私の好きな文学的な面が薄まりすぎて、
そちらを先に読んだ私は、ちょっと違和感を感じたんですが)
――以下、一部ネタバレ部分を含みますのでご注意ください。
主人公は天才スリ師。金持ちからサイフをスる。
その手口、感覚が、この人の緊迫感のある文章で見事に描かれています。
まるで、スリをしているのが自分であるかのような描写で、ドキドキします。
でも、そんな主人公を、反社会的なヒーローとして描いているわけではありません。
社会から疎外された者の孤独感――
何度も出てくる塔のイメージが印象的です。
私はこの人の短く緊張感のある文章が好きで、特に出だしの文章が
とても魅力的で感心するんですが、今回もすごくいいです。
まだ僕が小さかった頃、行為の途中、よく失敗をした。
混んでいる店内や、他人の家で、密かに手につかんだものをよく落とした。他人のものは、僕の手の中で、馴染むことのない異物としてあった。本来ふれるべきでない接点が僕を拒否するように、異物は微かに震え、独立を主張し、気がつくと下へ落ちた。遠くには、いつも塔があった。霧におおわれ、輪郭だけが浮かび上がる、古い白昼夢のような塔。だが、今の僕は、そのような失敗をすることはない。当然のことながら、塔も見えない。
この塔は、何か超越した絶対的な力を象徴しているんでしょうか。
そして、主人公が、虐待されて、万引きを強要されている子供に寄せる
父親のような情愛には哀しくも温かなものを感じます。
そんな主人公の前に現れるのが、最悪の人物・木崎。
この木崎という人物の長いセリフには、ちょっと現実感がないような気がしますが、
神の如くに他人の運命を操る快楽について語るこの男は、
主人公に仕事を依頼する。
失敗すればお前を殺す。断れば最近親しくしている子供を殺すと言う。
その無理、不可能とも思える仕事の描写は
サスペンス小説のような緊張感とスリルがあって面白かった。
しかし、仕事をやり終えた後の、木崎のさらに冷酷な仕打ち‥‥
「気の毒だ」
「お前の運命は、俺が握っていたのか、それとも、俺に握られることが、お前の運命だったのか。」
でも、主人公が最後に、死にたくないと思い、微かな希望をかけてコインを投げるラスト、
救いを感じさせて、なかなかいいです。
ただ、今までの中村文則のファン(アレ?今までファンではないとか書いていたけど‥‥
ま、今までの全ての小説を読んでいるってのは立派なファンなんでしょうね)から
老婆心ながら言わせてもらうと、
この小説、サスペンス小説のようなエンターテイメント性があるので、
新しい読者を獲得できるだろうことは、古くからのファンにとっても嬉しいことだけど、
塔のイメージや、指先に感じる異物の感覚‥‥そんな描写、
文学的なところをこれからも大事にしていってくださいね。
中村文則の公式サイトはこちら:http://www.nakamurafuminori.jp/
著作についてのコメント等もあります。
実は去年の暮に読み終わってたんです。
中村文則『悪と仮面のルール』を図書館に返却に行ったら、棚にありました。
年末の忙しい時期だけど‥‥と思いながら借りてきたんですが、
読むのは一気に読めました。『悪と仮面のルール』が途中何度か中断したのとは対照的。
短いってのもあるかもしれませんが、緊張感のある文章と展開、面白かったです。
この人の本の中では一番「面白い」小説だと言っていいでしょう。
これまでの文学的な暗い面と、ピカレスク小説のようなエンターテイメント性が
とてもいい具合に調和しているように思いました。
うん、さすが、大江健三郎賞を受賞した作品ですね。
(この後の作品『悪と仮面のルール』では、私の好きな文学的な面が薄まりすぎて、
そちらを先に読んだ私は、ちょっと違和感を感じたんですが)
――以下、一部ネタバレ部分を含みますのでご注意ください。
主人公は天才スリ師。金持ちからサイフをスる。
その手口、感覚が、この人の緊迫感のある文章で見事に描かれています。
まるで、スリをしているのが自分であるかのような描写で、ドキドキします。
でも、そんな主人公を、反社会的なヒーローとして描いているわけではありません。
社会から疎外された者の孤独感――
何度も出てくる塔のイメージが印象的です。
私はこの人の短く緊張感のある文章が好きで、特に出だしの文章が
とても魅力的で感心するんですが、今回もすごくいいです。
まだ僕が小さかった頃、行為の途中、よく失敗をした。
混んでいる店内や、他人の家で、密かに手につかんだものをよく落とした。他人のものは、僕の手の中で、馴染むことのない異物としてあった。本来ふれるべきでない接点が僕を拒否するように、異物は微かに震え、独立を主張し、気がつくと下へ落ちた。遠くには、いつも塔があった。霧におおわれ、輪郭だけが浮かび上がる、古い白昼夢のような塔。だが、今の僕は、そのような失敗をすることはない。当然のことながら、塔も見えない。
この塔は、何か超越した絶対的な力を象徴しているんでしょうか。
そして、主人公が、虐待されて、万引きを強要されている子供に寄せる
父親のような情愛には哀しくも温かなものを感じます。
そんな主人公の前に現れるのが、最悪の人物・木崎。
この木崎という人物の長いセリフには、ちょっと現実感がないような気がしますが、
神の如くに他人の運命を操る快楽について語るこの男は、
主人公に仕事を依頼する。
失敗すればお前を殺す。断れば最近親しくしている子供を殺すと言う。
その無理、不可能とも思える仕事の描写は
サスペンス小説のような緊張感とスリルがあって面白かった。
しかし、仕事をやり終えた後の、木崎のさらに冷酷な仕打ち‥‥
「気の毒だ」
「お前の運命は、俺が握っていたのか、それとも、俺に握られることが、お前の運命だったのか。」
でも、主人公が最後に、死にたくないと思い、微かな希望をかけてコインを投げるラスト、
救いを感じさせて、なかなかいいです。
ただ、今までの中村文則のファン(アレ?今までファンではないとか書いていたけど‥‥
ま、今までの全ての小説を読んでいるってのは立派なファンなんでしょうね)から
老婆心ながら言わせてもらうと、
この小説、サスペンス小説のようなエンターテイメント性があるので、
新しい読者を獲得できるだろうことは、古くからのファンにとっても嬉しいことだけど、
塔のイメージや、指先に感じる異物の感覚‥‥そんな描写、
文学的なところをこれからも大事にしていってくださいね。
中村文則の公式サイトはこちら:http://www.nakamurafuminori.jp/
著作についてのコメント等もあります。
タグ:中村文則
ネタバレ以後は読まずにいて、この本を読んでから、読もうと思います。
あれ、変な文章になっていますね。
by スー (2011-01-22 20:19)
スーさん、たくさんのnice! & コメントありがとうございます。中村文則の本、今まではあまりに暗かったり、読後感が良くないので、他の人にはお薦めしてなかったんですが、この本はお薦めです!
by しーちゃん (2011-01-23 21:16)