あすなひろし「山ゆかば!」 [マンガ]
日本の8月は戦争について考える月でもありますね。
今年も68回目の終戦記念日が巡ってきます。
正直、若い頃は「また戦争の話か」って思わないでもなかったですが、
今から考えると、戦争が終わって20数年しか経ってなかったわけで‥‥
高度経済成長とかって浮かれている子どもたちに、
戦争の悲惨な体験を語っておかなくてはという人々がたくさんいたわけです。
そういう方々もだんだん亡くなられ、戦争のことが忘れ去られようと
しているように思える‥‥なんか最近のエライ人たちや、
ネットで、アンタは何様だ?と思うような人が、勇ましいことを言うのは、
なんだか危ないなぁーと。
やはり、せめて8月は戦争のことを考えましょうよ‥‥と、
戦争のことを描いた漫画を紹介します。
あすなひろし「山ゆかば!」
「あすなひろし」この人のマンガはとにかく絵が美しかった!
同じザラ紙に印刷してあるはずなのに、この人のマンガのページだけ、
上質なアート紙に印刷してあるような雰囲気がありました。
流麗な線と、白と黒のバランス、そして男も女も魅力的だし、
随所にはさまれるギャグがまたすごく良かった!
私が持っているあすなひろしの本は、
昭和48年(1973) 3月30日に虫プロ商事株式会社(発行人 手塚治虫)
から出版された 別冊COMコミック「からじしぼたん」
あすなひろし自撰集
目次
●からじしぼたん(少年ジャンプ46年9号)
●ぼくのとうちゃん(少年ジャンプ46年32号)
●青い麦萌える(漫画アクション44年26号)
●武蔵野心中(ビッグコミック46年21号)
●寒いから早く殺して(漫画アクション43年54号)
●私が殺した女(漫画アクション46年7号)
●走れ!ボロ(女学生の友47年5月号)
●とうちゃんのかわいいおヨメさん(少年ジャンプ47年52号)
●山ゆかば!(少年ジャンプ45年43号)
「走れ!ボロ」と「とうちゃんのかわいいおヨメさん」は、
第18回 小学館漫画賞受賞作品とのこと。
著者自身が書いていますが、
「ぼくの好きな作品を集めてみました。‥‥中略‥‥少年ものがあるかと思えば、おとなものあり、少女ものあり、と、まるでごった煮。」
ジャンルを問わずに描かれていた方です。
しかし「ユーキ境荘ニ○一号室」という住所まで
載せているのは、今では考えられませんが‥‥。
著者の写真、すごく男くさい雰囲気で、
この人の漫画に出てくる主人公のようです。
「山ゆかば!」
悲惨な戦争体験を描きながら(ストーリーは創作なんでしょうが、
主人公の「ひろし」には著者の体験がかなり反映されているように思います)
各所にはさまれたギャグと、なにより子どもたちのたくましさが、
爽快感さえ感じさせて、娯楽作品としても第一級だと思います。
表紙には
この物語を よんで
わらわないでください
にがく かなしい
これも 戦争のひとつの
記録です
――ことしも また
二十八回めの終戦記念日が
やがて きますけれど
――――――――
と書かれていますが「二十八回め」というのは、この自撰集が出版された
昭和48年に合わせて書き換えられたのかなと。
(初出は昭和45年の少年ジャンプなので)
父親の出征シーンから物語は始まります。
太平洋戦争が
はじまって 四年め
父が 二度めの兵隊に
とられました
兄が十一歳 わたしが四歳
――昭和二十年の
夏の日のことでした
父親は母に「子どもたちをたのむ」と、
兄弟(たかしとひろし)には「チビ(犬)をたのんだぞ」
と言って出征する。
しかしその帰り道、艦戦機の機銃掃射で母親は死んでしまう。
そして住んでいた家も空襲で焼けてしまい
兄弟は伯父のいる広島に行くことにする
こんな非常時には
「貯金なんて あてには
ならないよ」と
いつも 現金を身につけていた
母の財布の中に
わたしたち 兄弟が 広島へ 行くだけの
お金は 充分に
ありました
が、汽車に犬はのせられないと言われて、
兄弟はチビを変装させて汽車に乗り込む
バレて騒ぎなった時、敵襲をうけて汽車が止まり、汽車は
乗客には
知らせず
貨車に
爆薬を
つんで
たんだ!
と、大爆発する。
歩いて広島をめざす兄弟。
カエルを食べ、途中で兵隊のトラックに乗せてもらったりして、
広島の郊外にある伯父の家へたどり着く。
伯父の妻の八重は二人を優しく迎えてくれるが、
伯父や従兄弟の健夫は迷惑そう。
村の子どもたちとも打ち解けられない。
だけど兄弟は負けない
たかしのタンカ
この漫画発表当時「少年ジャンプ」では「男一匹ガキ大将」が人気でした。
そしてチビも
このチビ、図体はデカイが、気が小さくてやさしくて、いいキャラクターです。
村の子どもたちの仲間に入れない兄弟は、空腹でカエルを食べる
自然のこんな描写、すごく美しいなって感心します。
カエルを食べているところを伯父に見つけられ、
子どもたちに「ほいと」とバカにされた兄は健夫と決闘し、
ついに兄弟は子どもたちの仲間に入ることができる。
そんな朝「犬になどエサをやるくらいなら殺せというお国の命令」が下り、
村の大人たちは、あした六日の朝までに村中の犬狩りをすることになる。
それを知った子どもたちは、
わしらの犬あ
一匹も
殺させんぞ!
それでも
殺す気なら
わしら子どもと
あんたちら
おとなたちとの
戦争じゃ!
と、村中の犬を連れて山へ立てこもる
大人たちは説得戦法を使ったり
漫画発表当時は、事件を起こした犯人の母親を連れてきて
説得させるなんてことをやってましたね
夜襲をかけようとするが‥‥
子どもたちの戦法、とてもしたたかでたくましい!
とうとう一夜が明け、大人たちは負けを認める。
喜ぶこどもたち。その時爆風が
そして山のむこうにきのこのような雲
昭和二十年八月六日
午前八時十五分
広島に 史上 はじめての
原子爆弾が 投下される
三日後の八月九日 午前十一時ニ分
長崎に二発めが 炸裂
――――その六日後の八月十五日
戦争は 終わったけれど――――
その年の十月
東京から
廻送されてきた
一通の手紙で
わたしたちは
父の戦死を
知りました
‥‥すごく心に残るラストです。
この「山ゆかば!」『漫画家たちの戦争 全6巻』の
第二巻「子どもたちの戦争」に収録されているそう。
あぁ、いい企画ですね。
「漫画家たちが見てきた、伝えたかった戦争を描いた戦後に刊行されたストーリー漫画」
すごく読み応えのある、戦争を考えるのにいい本ではないでしょうか。
この本の情報も含め、今回、ネットで検索して知ったんですが、
あすなひろし氏、2001年に亡くなられているんですね。
ファンの方たち活動が基になって、「あすなひろし企画室」が立ち上げられ、
「あすなひろし公式サイト」 http://asunahiroshi.jp/
などが、運営されているそう。
公式サイトによれば
「一般には寡作というイメージが強いあすなひろしですが、実際には生涯で制作した作品数は400作を超え、約1万ページ以上という膨大なもの」
だそう。そして、
「あすなひろし追悼サイト」 http://asunahiroshi.xrea.jp/
の、作品リストには膨大な作品がまとめられていて驚きました。
http://asunahiroshi.xrea.jp/biblio/worklist.html
『あすなひろし作品選集』も15巻発刊されているんですね。
それだけの魅力を持った漫画家さんです。
これらの方々に比べると、私はファンというのも恥ずかしいですが、
(だいたい代表作のひとつと言われる「青い空を、白い雲がかけてった」も読んでいない)
この人の漫画の美しさに捨てられないで私がスクラップしている
あすなひろしの作品
「フクという名の犬」(少年サンデー昭和48年15号)
「小学六年生」(1970年3月号)に載った名作映画劇場
「チップス先生さようなら」(表紙にはMGM映画のシーンが使われています)
今年も68回目の終戦記念日が巡ってきます。
正直、若い頃は「また戦争の話か」って思わないでもなかったですが、
今から考えると、戦争が終わって20数年しか経ってなかったわけで‥‥
高度経済成長とかって浮かれている子どもたちに、
戦争の悲惨な体験を語っておかなくてはという人々がたくさんいたわけです。
そういう方々もだんだん亡くなられ、戦争のことが忘れ去られようと
しているように思える‥‥なんか最近のエライ人たちや、
ネットで、アンタは何様だ?と思うような人が、勇ましいことを言うのは、
なんだか危ないなぁーと。
やはり、せめて8月は戦争のことを考えましょうよ‥‥と、
戦争のことを描いた漫画を紹介します。
あすなひろし「山ゆかば!」
「あすなひろし」この人のマンガはとにかく絵が美しかった!
同じザラ紙に印刷してあるはずなのに、この人のマンガのページだけ、
上質なアート紙に印刷してあるような雰囲気がありました。
流麗な線と、白と黒のバランス、そして男も女も魅力的だし、
随所にはさまれるギャグがまたすごく良かった!
私が持っているあすなひろしの本は、
昭和48年(1973) 3月30日に虫プロ商事株式会社(発行人 手塚治虫)
から出版された 別冊COMコミック「からじしぼたん」
あすなひろし自撰集
目次
●からじしぼたん(少年ジャンプ46年9号)
●ぼくのとうちゃん(少年ジャンプ46年32号)
●青い麦萌える(漫画アクション44年26号)
●武蔵野心中(ビッグコミック46年21号)
●寒いから早く殺して(漫画アクション43年54号)
●私が殺した女(漫画アクション46年7号)
●走れ!ボロ(女学生の友47年5月号)
●とうちゃんのかわいいおヨメさん(少年ジャンプ47年52号)
●山ゆかば!(少年ジャンプ45年43号)
「走れ!ボロ」と「とうちゃんのかわいいおヨメさん」は、
第18回 小学館漫画賞受賞作品とのこと。
著者自身が書いていますが、
「ぼくの好きな作品を集めてみました。‥‥中略‥‥少年ものがあるかと思えば、おとなものあり、少女ものあり、と、まるでごった煮。」
ジャンルを問わずに描かれていた方です。
しかし「ユーキ境荘ニ○一号室」という住所まで
載せているのは、今では考えられませんが‥‥。
著者の写真、すごく男くさい雰囲気で、
この人の漫画に出てくる主人公のようです。
「山ゆかば!」
悲惨な戦争体験を描きながら(ストーリーは創作なんでしょうが、
主人公の「ひろし」には著者の体験がかなり反映されているように思います)
各所にはさまれたギャグと、なにより子どもたちのたくましさが、
爽快感さえ感じさせて、娯楽作品としても第一級だと思います。
表紙には
この物語を よんで
わらわないでください
にがく かなしい
これも 戦争のひとつの
記録です
――ことしも また
二十八回めの終戦記念日が
やがて きますけれど
――――――――
と書かれていますが「二十八回め」というのは、この自撰集が出版された
昭和48年に合わせて書き換えられたのかなと。
(初出は昭和45年の少年ジャンプなので)
父親の出征シーンから物語は始まります。
太平洋戦争が
はじまって 四年め
父が 二度めの兵隊に
とられました
兄が十一歳 わたしが四歳
――昭和二十年の
夏の日のことでした
父親は母に「子どもたちをたのむ」と、
兄弟(たかしとひろし)には「チビ(犬)をたのんだぞ」
と言って出征する。
しかしその帰り道、艦戦機の機銃掃射で母親は死んでしまう。
そして住んでいた家も空襲で焼けてしまい
兄弟は伯父のいる広島に行くことにする
こんな非常時には
「貯金なんて あてには
ならないよ」と
いつも 現金を身につけていた
母の財布の中に
わたしたち 兄弟が 広島へ 行くだけの
お金は 充分に
ありました
が、汽車に犬はのせられないと言われて、
兄弟はチビを変装させて汽車に乗り込む
バレて騒ぎなった時、敵襲をうけて汽車が止まり、汽車は
乗客には
知らせず
貨車に
爆薬を
つんで
たんだ!
と、大爆発する。
歩いて広島をめざす兄弟。
カエルを食べ、途中で兵隊のトラックに乗せてもらったりして、
広島の郊外にある伯父の家へたどり着く。
伯父の妻の八重は二人を優しく迎えてくれるが、
伯父や従兄弟の健夫は迷惑そう。
村の子どもたちとも打ち解けられない。
だけど兄弟は負けない
たかしのタンカ
この漫画発表当時「少年ジャンプ」では「男一匹ガキ大将」が人気でした。
そしてチビも
このチビ、図体はデカイが、気が小さくてやさしくて、いいキャラクターです。
村の子どもたちの仲間に入れない兄弟は、空腹でカエルを食べる
自然のこんな描写、すごく美しいなって感心します。
カエルを食べているところを伯父に見つけられ、
子どもたちに「ほいと」とバカにされた兄は健夫と決闘し、
ついに兄弟は子どもたちの仲間に入ることができる。
そんな朝「犬になどエサをやるくらいなら殺せというお国の命令」が下り、
村の大人たちは、あした六日の朝までに村中の犬狩りをすることになる。
それを知った子どもたちは、
わしらの犬あ
一匹も
殺させんぞ!
それでも
殺す気なら
わしら子どもと
あんたちら
おとなたちとの
戦争じゃ!
と、村中の犬を連れて山へ立てこもる
大人たちは説得戦法を使ったり
漫画発表当時は、事件を起こした犯人の母親を連れてきて
説得させるなんてことをやってましたね
夜襲をかけようとするが‥‥
子どもたちの戦法、とてもしたたかでたくましい!
とうとう一夜が明け、大人たちは負けを認める。
喜ぶこどもたち。その時爆風が
そして山のむこうにきのこのような雲
昭和二十年八月六日
午前八時十五分
広島に 史上 はじめての
原子爆弾が 投下される
三日後の八月九日 午前十一時ニ分
長崎に二発めが 炸裂
――――その六日後の八月十五日
戦争は 終わったけれど――――
その年の十月
東京から
廻送されてきた
一通の手紙で
わたしたちは
父の戦死を
知りました
‥‥すごく心に残るラストです。
この「山ゆかば!」『漫画家たちの戦争 全6巻』の
第二巻「子どもたちの戦争」に収録されているそう。
あぁ、いい企画ですね。
「漫画家たちが見てきた、伝えたかった戦争を描いた戦後に刊行されたストーリー漫画」
すごく読み応えのある、戦争を考えるのにいい本ではないでしょうか。
この本の情報も含め、今回、ネットで検索して知ったんですが、
あすなひろし氏、2001年に亡くなられているんですね。
ファンの方たち活動が基になって、「あすなひろし企画室」が立ち上げられ、
「あすなひろし公式サイト」 http://asunahiroshi.jp/
などが、運営されているそう。
公式サイトによれば
「一般には寡作というイメージが強いあすなひろしですが、実際には生涯で制作した作品数は400作を超え、約1万ページ以上という膨大なもの」
だそう。そして、
「あすなひろし追悼サイト」 http://asunahiroshi.xrea.jp/
の、作品リストには膨大な作品がまとめられていて驚きました。
http://asunahiroshi.xrea.jp/biblio/worklist.html
『あすなひろし作品選集』も15巻発刊されているんですね。
それだけの魅力を持った漫画家さんです。
これらの方々に比べると、私はファンというのも恥ずかしいですが、
(だいたい代表作のひとつと言われる「青い空を、白い雲がかけてった」も読んでいない)
この人の漫画の美しさに捨てられないで私がスクラップしている
あすなひろしの作品
「フクという名の犬」(少年サンデー昭和48年15号)
「小学六年生」(1970年3月号)に載った名作映画劇場
「チップス先生さようなら」(表紙にはMGM映画のシーンが使われています)
タグ:あすなひろし
あすなひろしの作品で強く心に残っているのは「ぼくのとうちゃん」です。
他の作品は忘れてしまっていました。でも、しーちゃんさんの記事を読んで「山ゆかば!」も読んだことがある!と思い出しました。
胸に沁みるラストですね。
絵の余白に感じられる独特のセンス。
懐かしい絵を見れて嬉しかったです。
☆ トラックバックさせてくださいませ!
by びっけ (2013-08-24 16:44)
びっけさん、nice! & コメント、ありがとうございます。おぁ!あすなひろしを知ってるだけでなく、「ぼくのとうちゃん」を読んでらっしゃるんですか!笑わせておいて、ラストでホロリとさせる展開、いですよね。
トラックバック、ありがとうございます。
by しーちゃん (2013-08-26 12:49)
やっぱり
いい話と
綺麗な絵は
子供心に
刻まれて
何十年経っても
忘れないのだよね
by caramelpapa (2013-08-29 06:49)
しーちゃん、こんばんは。
「COM」を購読していたのですが、この別冊コミックは記憶にないなぁ。
別冊や増刊号ならばCOM誌上に広告が載っていたはずですが。
「山ゆかば!」が週刊少年ジャンプに掲載されたのも驚きです。
次男ひろしには作者あすなひろしのイメージも投影されているのかな?
本宮ひろ志や谷岡ヤスジのギャグは今の子供たちには註を添えないと分からないでしょうね。
「スウと、いう名の童話」(COM 1970.11)もヴェトナム戦争を
テーマにした傑作だと思います。
「COM」で戦争・戦後をテーマにした短篇というと、
樹村みのり「解放の最初の日」(1970.10)や上村一夫「初恋漬」(1971.7)が思い浮かびます。
by sknys (2013-08-29 22:40)
sknys さん、「COM」を購読してらしたんですか。私はほんのたまにしか読んでないのですが、先端的なマンガが載っていてすごかったですね。
「スウと、いう名の童話」は読んでないですが、樹村みのり「解放の最初の日」は、戦争に加担してしまった側を描いていて、心にズドンときました。
by しーちゃん (2013-09-01 12:04)
caramelpapa さん、nice! & コメント、ありがとうございます。
by しーちゃん (2013-09-01 12:09)
初めまして。あすなひろしさんのことを急に思い出し検索した結果、亡くなっておられたことを知りました。「山ゆかば」は氏の作品中最も心に残っています。線の美しさと、奔放に見えて繊細なタッチ。大好きでした。この作品はリアルタイムでスクラップしていて、今も(印刷インクは多少滲んでいますが)美しい画面を楽しんでおります。本当にお若くて亡くなられたのですね。残念です。
by お名前(必須) (2016-11-14 22:03)
お名前(必須)さん、コメントありがとうございます。この「山ゆかば」スクラップしていらっしゃるんですね。この人の作品は本当に画面が美しくて、雑誌の中で別格って雰囲気でしたね。ウェブで「あすなひろし公式サイト」が運営されていて、今も熱いファンの方がいらっしゃるのもわかります。
by しーちゃん (2016-11-16 10:31)