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片岡球子展 [美術]

4月2日に仕事で名古屋へ行ったので、松坂屋美術館で開催されている
「片岡球子展」を見てきました。
KataokaTamako.jpg

前回行った時(2月10日)から約1ヵ月半しか経っていないし、
春休みで店が忙しい時に呼ばなくてもいいだろうに、と思いながら、
3月末は店も忙しく、ちょっと疲れていましたので、
今回は会議が終わったらすぐに帰って休養しようかなぁ‥‥とも考えたのですが、
やはり、せっかく行くのだしーと、名古屋でどんな展覧会をやっているか
調べたら、松坂屋美術館で「片岡球子展」をやっている!

わー、これはぜひ見たい!! 片岡球子の絵なら疲れないだろうと。

前回は愛知県美術館の「アンドリュー・ワイエス展」を見てきたのですが、
(感想はこちら:http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2009-02-19
ああいう暗い、というか繊細な絵は、見ると疲れるんですよね。
片岡球子は去年9月12日に愛知県美術館の「タイムスケープ展」に行った時、
http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2008-09-18
同時開催として、《面構》シリーズの足利尊氏、義満、義政や、
葛飾北斎などの絵が並んでいて、その強烈な色彩と絵の大きさに圧倒され、
あらためてすごい画家だと認識しました。

その片岡球子――去年2008年1月16日に103歳で逝去――の、
80年の画業を回顧する追悼展

平日にもかかわらず、多くの人が鑑賞に来ていました。
私はしっかり松坂屋美術館のHPから割引券をプリントアウトして持って行きました。
http://www.matsuzakaya.co.jp/museum/museum.html
1,000円の入館料が200円割引で、800円になりました。

絵はどれも、とても大きくて、すごい! はじけている!!
見ているとなんか笑いがこみあげてくるような。
私にしては最近珍しく、展覧会のカタログまで買ってしまいました。

チラシに使われている《富士に献花》という絵、いいなぁ!!突き抜けている。
85歳で、文化勲章受賞を記念して描かれた
160.0×246.5cm 二曲一隻屏風という大きさの絵。

片岡球子の絵というと〈面構〉と〈富士山〉を思い浮かべる。

富士を描いた絵は、それこそ星の数ほどあるだろう。
北斎をはじめ、日本画家、洋画家が多く挑んでいる。
応接間などに富士の絵が飾ってある家も多いだろう(縁起がいいとか)
富士山自体が美しいので、いわゆる「絵になる」が、
手垢がついたというか、平凡とか俗っぽい絵にもなりやすい。
――銭湯の壁に描かれた富士のような。
(あ、銭湯の富士は、あれはあれでいいというか、すごいというか、
 以前、NHKの「美の壷」で銭湯を取り上げていた時、
 銭湯が閉まっているわずかの時間に、壁に富士の絵をペンキで描くところを
 紹介していた。銭湯を広く見せるために、絵の奥行き感が大事だと。
 今は銭湯に絵を描く職人は3人しかいないそうだ。)

しかし、片岡球子の富士の絵は、他の作家の絵と全く違う。
富士の圧倒されるような迫力と、目もくらむような装飾性!
富士に取り合わせた花は、桜でもなく月見草でもなく、
ひまわりにボタンに、その右はホオノキ? オオヤマレンゲ?

美術館の外で、片岡球子の制作風景を写した映像を流していましたが、
富士山のスケッチ、小学生が壁新聞を書くようなマジック(赤・黒・青)で、
ぐいぐいと描き、白い絵の具を指につけて雪を描いているのを見て、
私はのけぞってしまいました。
「マジックを使う画家はいないみたいだけど、色が鮮やかなのがいい」
「私の絵には、どこかに私の指紋がつけてありますよ」とか。
す、すごい、この迫力と独創性!

絵のタイトルや説明に何歳の時の作品かというのがありましたが、
それを見ていると、私もまだまだ若い、頑張らなくっちゃ!と、
元気をもらったような気がします。
103歳という寿命もすごいけど、老いてますますの制作意欲がすごい!!

95歳で《面構 一休さま》という作品を描いているが、
この作品、160.0×320.0cmという大きさ!!
この大画面に色を塗るだけでも、日本画なので、技術的にも結構大変だし、
体力もいる。肉体的にも精神的にもタフじゃないと、とても描けない。

100歳でなお、愛知県立芸大の客員教授として、藤沢市の画室から指導に通い、
春の院展に《ポーズ23》という裸婦像を出品したとのこと。

だいたい片岡球子が画業に専念できるようになったのが、50歳からで、
それまでの29年間は画家の道を選んで、親の決めた婚約を断ったため、
勘当同然となり、自活のために小学校の教師をしていたとのこと。

小学校の教師をしていると、当然だが、絵を描く時間はかなり限られてくる。
でも片岡球子はどちらかをおろそかにするようなことはない。
とにかく一生懸命だった人だということがわかる。
戦時中、疎開児童とともに一年あまり暮らしているが、その時のエピソードも、
子どもに注ぐ情愛の深さを感じさせて、いい先生だなぁと思うが、そんな
厳しい生活の中でも、子どもが寝静まった後に、絵を描いていたというのがすごい。

しかし、そんなにして描いていた絵は、院展に落選が続き、
「落選の神様」と呼ばれたこともあったそう。

でも、片岡球子はいい先生でもあったけど、師にも恵まれていたと思う。
もちろんそれは、女性が結婚以外の道を歩むことは珍しく、困難であった時代、
片岡球子の情熱を周囲が認め、ぜひ協力したいと思わせたからであろうけど。

片岡球子が深く心に刻みつけていた小林古径の言葉
「あなたは、みなから、ゲテモノの絵をかく、とずいぶんいわれています。今のあなたの絵は、ゲテモノに違いありません。
 しかし、ゲテモノと本物は、紙一重の差です。あなたは、そのゲテモノを捨ててはいけない。‥‥‥‥
 手法も考え方もそのままでよろしいから、自分のやりたい方法で、自分の考える通りに、どこまでも描いてゆきなさい。」

50歳から画業に専念できるようになったと書いたけど、
50歳で女子美術大学の講師となり、
61歳で愛知県立芸大の日本画科主任教授に迎えられるとのこと。

愛知県芸の教え子の山本直彰が追悼文で書いているが、
入学式を終え、日本画科の教室での片岡先生の第一声が
「大家になろうとする者は手を挙げなさい」だったそう。
新入生は驚き呆れ、手を挙げなかったら、
「そうでない者は今から帰りなさい」と、荒々しい声で言われ、
学生たちは徐々に手を挙げ、遂に全員挙げさせられていたそう。
ふふふ、片岡球子の指導ぶりというか、人柄がとてもよくわかるエピソードだ。
「先生には全員作家にさせる、絵は趣味では描かせないという明治人の気魄のようなものが漲っていた」とのこと。

2009.4.10-056.jpg
展覧会のカタログ 2,200円 表紙の絵は《海〈鳴門〉》 57歳の時の作品の一部

‥‥カタログの絵や年表、色々な人からの文章を読んで、もう圧倒されっぱなしです。
年表を見ていて気付いたのが、私が生まれた年に、片岡球子は今の私の年だったこと。
うーーん、少し片岡球子のバイタリティーを見習って、私も頑張らねば‥‥

片岡球子展 松坂屋美術館の会期は、4月12日(日)まで
その後、以下に巡回します(へー、名古屋が最初だったんだ!)
 大阪高島屋 4月15日(水)~4月26日(日)
 岡山県立美術館 4月29日(水・祝)~5月17日(日)
 東京・日本橋高島屋 5月20日(水)~6月1日(月)
タグ:片岡球子
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コメント 3

たまのママ

鮮やかな色彩の絵ですね。
かたおか たまこさんっておっしゃる方なんですね。
絵を見ている時って、すごく心が落ち着いてゆったりした気分に浸れるから大好きです。
松坂屋、今は名駅前に大きなのができてますね。
by たまのママ (2009-04-11 22:15) 

しーちゃん

そうです「かたおか たまこ」1905年(明治38年)生~2008年(平成20年)没。強烈な色彩、衣服などの細かな装飾性、絵の大きさ‥‥すごい画家だと、とにかく圧倒されっぱなしです。
あ、名駅のタワーは、高島屋です。JR高島屋ができて、それまでの4Mと言われた名古屋の百貨店(松坂屋、名古屋三越、名鉄、丸栄)は苦戦しています。
by しーちゃん (2009-04-12 23:15) 

たまのママ

愛・地球博で行った時、名古屋駅の前に大きな百貨店があって、そこでお土産を買った時、カトレアの柄の紙袋だったような・・・記憶違いでしたか~(涙)失礼しました~(苦笑)
by たまのママ (2009-04-13 19:03) 

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