INAXライブミュージアム(1)窯のある広場・建築陶器のはじまり館 [美術]
もう1ヶ月以上前のことになりますが、
このチラシ見て、2月13日(日)、
INAXライブミュージアムへ行ってきました。
「ナゴヤモザイク壁画時代」
ここへ行くのは初めて。ナビとETCがある車になったので、
ナビの指示どおりに走らせて着きました。
どんなところなのか、よくわかってなかったんですが、
あちこちに建物があるかなり広い施設。
見学・体験教室の受付は正面
「窯のある広場・資料館」です。
って、立札を見て、
高さ22mの煙突が目印の
窯のある広場・資料館
ここで、入館料一般700円を払ってチケットをもらいます。
このチケットで、ここ「窯のある広場・資料館」をはじめ
「世界のタイル博物館」「建築陶器のはじまり館」
「土・どろんこ広場」「陶楽工房」「ものづくり工房」に
入ることができます。
(ショップやレストランなど無料で利用できるところもあります)
窯のある広場・資料館は、
土管を焼いた大正時代の窯と建物を保存して公開しています。
[登録有形文化財・近代化産業遺産]
「常滑は豊富な粘土と、石炭・土管の輸送に便利な港を持ち、土管製造で栄えました。最盛期の昭和30年ごろには、400本近くの煙突が林立し、『煙突の煙で雀も黒かった』と言われています。」(説明パネルより)
そうかー! 土管かぁ!!
「ドラえもん」とかで、子供たちが土管が置かれた空き地で
遊ぶシーンとかありましたよね。
日本の近代化を支えた産業。
常滑の観光名所として、
両側の壁面に土管や焼酎瓶を積み上げた「土管坂」の写真が、
巨大招き猫「とこにゃん」と共によく使われていますね。
(私はまだ行ったことがありませんが)
土練機
土管を運ぶのは重労働。
土管を「てこの原理」ですくい揚げ、バネで振動を吸収しながら運ぶ
「伊奈式運搬車」
重労働から解放されたやきもの業界の人々からは「救い車」と呼ばれたそう。
スコープを覗くと、伊奈式運搬車で土管を運ぶ人の姿など、
作業の様子が映像で見られるようになってます。
2階へ上がると、常滑で作られた土管や、
土管の木型も展示されていました。
いろいろな土管
屋根を支える梁と柱が迫力
資料館の隣には、トンネル窯が部分移築されていました。
トンネル窯は、均質な製品を量産することができることから、
ビル建築におけるタイルの焼成に使われたそう。
全長80mの窯の一部(16m)が移築されています。
「新宿NSビル」や「日生笹島ビル(名古屋)」「神戸税関」
「鹿児島県庁」などの外装タイルがこの窯で製造されたと。
この隣にあるテラスの壁に、INAXライブミュージアムの
フォトコンテストの写真が展示されてました。
これらの写真「高解像度の写真を高温でタイルに焼き付けたもの。
耐久性、対候性に優れたタイルに写真を焼き付けることで、
屋外でも写真展示が楽しめるようになりました。」とのこと。
陶楽工房
陶を使った“ものづくり”体験を楽しめる工房。
ですが、新型コロナウィルス感染拡大防止のため
タイルを使ったインテリア作品を作る体験教室のみ、
限定で開催されていました。
建築陶器のはじまり館
「建築陶器」とは、
建物の表面を覆う薄い板状のやきもの「タイル」と、
彫刻のような大きく厚みをもったやきもの「テラコッタ」のこと。
関東大震災(1923<大正12>年)を契機に、
建築は明治以来の主流であった煉瓦造から
鉄筋コンクリート造へと変わっていきます。
この頃にできた百貨店や劇場などは、
新しい技術の鉄筋コンクリートで建てられ、
外壁はタイルやテラコッタで華やかに飾られました。
タイルは現代でも使われ続けていますが、
テラコッタは第二次世界大戦に向かうにつれて
つくられなくなり、わずか20年足らずのことだったと。
F.L.ライトが設計した帝国ホテル旧本館・ダイニングルームの柱が
展示されています。
帝国ホテル旧本館の壁に使われた、当時としては珍しい
黄色いスダレ煉瓦(スクラッチタイル)は、常滑に設立された
専用工場「帝国ホテル煉瓦製作所」で作られたそうですね。
ライトは、当時、西洋建築に用いられていた赤煉瓦でなく、
表面にスクラッチ加工をした黄色みの強い煉瓦を使うことで、
日本人の感覚に合う温かみのある自然な色調に仕上げたとのこと。
犬山市にある「明治村」に、帝国ホテル旧本館の玄関部分が
移築されているんですが、我が家からわりと近いこともあり、
何度も行っているので(小・中・高校の遠足はここが定番だったし)
かえって帝国ホテルの建築的価値(?)に気が付かなかったんですが、
(なんかゴテゴテした変な建物‥‥くらいに思ってた)
我が家にホームステイに来られたご夫婦が建築関係の仕事だってことで
案内したら、「何でこれがここにあるの?!!」って
すごく驚いて感動されたことがあります。
明治村も久しぶりにまた行ってみようかなー。
ライトが熱望した黄色みの強いタイルやテラコッタを作った
久田吉之助は、岐阜公園にある名和記念昆虫館のテラコッタを
武田五一の指導のもと作っているとのこと。こっちも、
次に岐阜公園に行った時にはしっかり見てこなくては!
左から、名古屋市庁舎、国会議事堂、東京大学医科学研究所のテラコッタ
屋外の展示スペース「テラコッタパーク」では、
建物を装飾したテラコッタが展示されています。
(私は館内より先にこちらを見たんですが)
右は、大日本製薬 大阪/宗建築事務所/1930(昭和5)年
厄除けのため、日本では鬼瓦など、鬼の面が使われてきました。
ヨーロッパではルネサンス期の建築にしばしば使われています。
この二つの文化が混じり、テラコッタ建築では鬼や怪獣が登場すると。
新橋演舞場 東京/菅原栄蔵、小倉強/1925(大正14)年
右は、武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園ホテル)
兵庫・西宮/遠藤新/1930(昭和5)年
左は、冨山房 東京/佐藤功一/1932(昭和7)年
村野藤吾が1953年に設計した丸栄百貨店本館
3年後の増築工事で、西側にタイル壁面が設置されました。
その一部が復元展示されていました。
「ナゴヤモザイク壁画時代」の図録に
モザイク壁画の復元の様子が載っていました。
丸栄百貨店‥‥2018年に閉店、解体されるまで、
名古屋の4Mと言われた百貨店
(松坂屋、名鉄百貨店、三越、丸栄)の一つでしたね。
JR名古屋タカシマヤができてからは、
タカシマヤの独り勝ち状態なんですけどー。
2016年のあいちトリエンナーレの時に撮った写真
この部分ですね
旧郵船ビルディング 東京/曾禰中條建築事務所/1923(大正12)年
朝日生命館(旧常盤生命館) 東京/国枝博/1930(昭和5)年
中に照明が入るようになっているんですね!
建物の装飾としても華やかだけど、照明が入った夜の光景も素敵だろうなぁ!
下の部分の装飾に羊の頭が使われていますね。
横浜松坂屋本館 横浜/鈴木禎次建築事務所/1934(昭和9)年
金ピカのマークが豪華!
建築陶器のはじまり館で、解体される建物から取り外す様子が
映像で紹介されていました。(解体2010(平成22)年)
大谷仏教会館 大阪/竹内緑建築事務所/1933(昭和8)年
自治省庁舎 東京/大蔵省営繕管財局/1933(昭和8)年
大同生命ビル 大阪/W.M.ヴォーリズ建築事務所/1925(大正14)年
葡萄は実の粒が多いことから、豊穣や不滅を意味しているとのこと。
建築会館 東京/矢部金太郎/1930(昭和5)年
建物上部のワンポイント的に付けられていたよう。
名古屋銀行協会 名古屋/桃井保憲/1931(昭和6)年
動物? 鬼? の顔が並んでいます。
怖いというよりユーモラス。
大阪ビル一号館 東京/渡辺節建築事務所(村野藤吾)/1927(昭和2)年
長くなってしまったので、とりあえずここまでアップします。
まだまだ、企画展「ナゴヤモザイク壁画時代」のことや、
世界のタイル博物館のことなど続きますー。
INAXライブミュージアム: https://livingculture.lixil.com/ilm/
このチラシ見て、2月13日(日)、
INAXライブミュージアムへ行ってきました。
「ナゴヤモザイク壁画時代」
ここへ行くのは初めて。ナビとETCがある車になったので、
ナビの指示どおりに走らせて着きました。
どんなところなのか、よくわかってなかったんですが、
あちこちに建物があるかなり広い施設。
見学・体験教室の受付は正面
「窯のある広場・資料館」です。
って、立札を見て、
高さ22mの煙突が目印の
窯のある広場・資料館
ここで、入館料一般700円を払ってチケットをもらいます。
このチケットで、ここ「窯のある広場・資料館」をはじめ
「世界のタイル博物館」「建築陶器のはじまり館」
「土・どろんこ広場」「陶楽工房」「ものづくり工房」に
入ることができます。
(ショップやレストランなど無料で利用できるところもあります)
窯のある広場・資料館は、
土管を焼いた大正時代の窯と建物を保存して公開しています。
[登録有形文化財・近代化産業遺産]
「常滑は豊富な粘土と、石炭・土管の輸送に便利な港を持ち、土管製造で栄えました。最盛期の昭和30年ごろには、400本近くの煙突が林立し、『煙突の煙で雀も黒かった』と言われています。」(説明パネルより)
そうかー! 土管かぁ!!
「ドラえもん」とかで、子供たちが土管が置かれた空き地で
遊ぶシーンとかありましたよね。
日本の近代化を支えた産業。
常滑の観光名所として、
両側の壁面に土管や焼酎瓶を積み上げた「土管坂」の写真が、
巨大招き猫「とこにゃん」と共によく使われていますね。
(私はまだ行ったことがありませんが)
土練機
土管を運ぶのは重労働。
土管を「てこの原理」ですくい揚げ、バネで振動を吸収しながら運ぶ
「伊奈式運搬車」
重労働から解放されたやきもの業界の人々からは「救い車」と呼ばれたそう。
スコープを覗くと、伊奈式運搬車で土管を運ぶ人の姿など、
作業の様子が映像で見られるようになってます。
2階へ上がると、常滑で作られた土管や、
土管の木型も展示されていました。
いろいろな土管
屋根を支える梁と柱が迫力
資料館の隣には、トンネル窯が部分移築されていました。
トンネル窯は、均質な製品を量産することができることから、
ビル建築におけるタイルの焼成に使われたそう。
全長80mの窯の一部(16m)が移築されています。
「新宿NSビル」や「日生笹島ビル(名古屋)」「神戸税関」
「鹿児島県庁」などの外装タイルがこの窯で製造されたと。
この隣にあるテラスの壁に、INAXライブミュージアムの
フォトコンテストの写真が展示されてました。
これらの写真「高解像度の写真を高温でタイルに焼き付けたもの。
耐久性、対候性に優れたタイルに写真を焼き付けることで、
屋外でも写真展示が楽しめるようになりました。」とのこと。
陶楽工房
陶を使った“ものづくり”体験を楽しめる工房。
ですが、新型コロナウィルス感染拡大防止のため
タイルを使ったインテリア作品を作る体験教室のみ、
限定で開催されていました。
建築陶器のはじまり館
「建築陶器」とは、
建物の表面を覆う薄い板状のやきもの「タイル」と、
彫刻のような大きく厚みをもったやきもの「テラコッタ」のこと。
関東大震災(1923<大正12>年)を契機に、
建築は明治以来の主流であった煉瓦造から
鉄筋コンクリート造へと変わっていきます。
この頃にできた百貨店や劇場などは、
新しい技術の鉄筋コンクリートで建てられ、
外壁はタイルやテラコッタで華やかに飾られました。
タイルは現代でも使われ続けていますが、
テラコッタは第二次世界大戦に向かうにつれて
つくられなくなり、わずか20年足らずのことだったと。
F.L.ライトが設計した帝国ホテル旧本館・ダイニングルームの柱が
展示されています。
帝国ホテル旧本館の壁に使われた、当時としては珍しい
黄色いスダレ煉瓦(スクラッチタイル)は、常滑に設立された
専用工場「帝国ホテル煉瓦製作所」で作られたそうですね。
ライトは、当時、西洋建築に用いられていた赤煉瓦でなく、
表面にスクラッチ加工をした黄色みの強い煉瓦を使うことで、
日本人の感覚に合う温かみのある自然な色調に仕上げたとのこと。
犬山市にある「明治村」に、帝国ホテル旧本館の玄関部分が
移築されているんですが、我が家からわりと近いこともあり、
何度も行っているので(小・中・高校の遠足はここが定番だったし)
かえって帝国ホテルの建築的価値(?)に気が付かなかったんですが、
(なんかゴテゴテした変な建物‥‥くらいに思ってた)
我が家にホームステイに来られたご夫婦が建築関係の仕事だってことで
案内したら、「何でこれがここにあるの?!!」って
すごく驚いて感動されたことがあります。
明治村も久しぶりにまた行ってみようかなー。
ライトが熱望した黄色みの強いタイルやテラコッタを作った
久田吉之助は、岐阜公園にある名和記念昆虫館のテラコッタを
武田五一の指導のもと作っているとのこと。こっちも、
次に岐阜公園に行った時にはしっかり見てこなくては!
左から、名古屋市庁舎、国会議事堂、東京大学医科学研究所のテラコッタ
屋外の展示スペース「テラコッタパーク」では、
建物を装飾したテラコッタが展示されています。
(私は館内より先にこちらを見たんですが)
右は、大日本製薬 大阪/宗建築事務所/1930(昭和5)年
厄除けのため、日本では鬼瓦など、鬼の面が使われてきました。
ヨーロッパではルネサンス期の建築にしばしば使われています。
この二つの文化が混じり、テラコッタ建築では鬼や怪獣が登場すると。
新橋演舞場 東京/菅原栄蔵、小倉強/1925(大正14)年
右は、武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園ホテル)
兵庫・西宮/遠藤新/1930(昭和5)年
左は、冨山房 東京/佐藤功一/1932(昭和7)年
村野藤吾が1953年に設計した丸栄百貨店本館
3年後の増築工事で、西側にタイル壁面が設置されました。
その一部が復元展示されていました。
「ナゴヤモザイク壁画時代」の図録に
モザイク壁画の復元の様子が載っていました。
丸栄百貨店‥‥2018年に閉店、解体されるまで、
名古屋の4Mと言われた百貨店
(松坂屋、名鉄百貨店、三越、丸栄)の一つでしたね。
JR名古屋タカシマヤができてからは、
タカシマヤの独り勝ち状態なんですけどー。
2016年のあいちトリエンナーレの時に撮った写真
この部分ですね
旧郵船ビルディング 東京/曾禰中條建築事務所/1923(大正12)年
朝日生命館(旧常盤生命館) 東京/国枝博/1930(昭和5)年
中に照明が入るようになっているんですね!
建物の装飾としても華やかだけど、照明が入った夜の光景も素敵だろうなぁ!
下の部分の装飾に羊の頭が使われていますね。
横浜松坂屋本館 横浜/鈴木禎次建築事務所/1934(昭和9)年
金ピカのマークが豪華!
建築陶器のはじまり館で、解体される建物から取り外す様子が
映像で紹介されていました。(解体2010(平成22)年)
大谷仏教会館 大阪/竹内緑建築事務所/1933(昭和8)年
自治省庁舎 東京/大蔵省営繕管財局/1933(昭和8)年
大同生命ビル 大阪/W.M.ヴォーリズ建築事務所/1925(大正14)年
葡萄は実の粒が多いことから、豊穣や不滅を意味しているとのこと。
建築会館 東京/矢部金太郎/1930(昭和5)年
建物上部のワンポイント的に付けられていたよう。
名古屋銀行協会 名古屋/桃井保憲/1931(昭和6)年
動物? 鬼? の顔が並んでいます。
怖いというよりユーモラス。
大阪ビル一号館 東京/渡辺節建築事務所(村野藤吾)/1927(昭和2)年
長くなってしまったので、とりあえずここまでアップします。
まだまだ、企画展「ナゴヤモザイク壁画時代」のことや、
世界のタイル博物館のことなど続きますー。
INAXライブミュージアム: https://livingculture.lixil.com/ilm/
2022-03-20 17:15
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