横浜美術館「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 [美術]
12月1日(日)、横浜美術館へ行きました。
「横浜美術館開館30周年記念
オランジュリー美術館コレクション
ルノワールと
パリに恋した12人の画家たち」という展覧会をやっています。
11月30日(土)の夜、横浜・桜木町駅前のコレットマーレ7階
「海風季」にて、大学の友人や古い職場の同僚たちが集まる会に
参加するために横浜・桜木町へ行って、ルートイン横浜馬車道に
泊まったことは前記事に:
横浜忘年会 コスモクロック21
https://shizukozb.blog.ss-blog.jp/2019-12-07
一緒に泊まった友人から、翌日は所用があるので
付き合えないって聞いていたので、
どこか美術館にでも行くつもりで、調べたんですが、
首都圏はあちこちでいい展覧会やっているんですけど、
私にとって「これは!」ってのがなかったし、
日曜なので上野とか混んでるだろうなーって。
横浜美術館のこの展覧会、いかにも日本人好みの
ルノワールや印象派やエコール・ド・パリの画家たちで、
ちよっとポピュラーすぎるかなぁ‥‥と思いつつも、
(この展覧会を見に横浜まで行こうとは思わなかった)
ルートインからも電車に乗らずに行けるし、
横浜美術館ってまだ行ったことなかったので――
なんて、消極的な理由で行った展覧会でしたが、
良かった!
まず、展示されているルノワールをはじめとする名画が
親しみやすい! 日本人が好きな西洋絵画っていうか、
中学の美術の教科書に載っている絵って、
こんなカンジじゃないですか?
(クリックで拡大します)
あまりカラヴァッジョとかデューラーとかって、
授業で取り上げないですよね? 印象派以前の絵って、
キリスト教の知識がないと理解できなかったりするし、
そういうリアルな絵って、絵を描く参考にはならないっていうか、
ユトリロの絵とか、風景画の「お手本」みたいな感じで
生徒作品と一緒に載ってたりしましたよね。
そして、これらオランジュリー美術館のコレクションの基になった
画商ポール・ギョームと妻ドメニカについて知ることができて、
とても興味深かったです。
展覧会の最初に展示されているのが、
アンドレ・ドランが描いた
《ポール・ギョームの肖像》1919年 と、
《大きな帽子を被るポール・ギョーム夫人の肖像》1928-29年
制作年が10年違うってのもあるかもしれませんが、
ポール・ギョームが、なんか頼りなさげな雰囲気なのに比べて、
夫人の意思が強い性格がわかるような肖像画が素敵。
ポール・ギョームの肖像は、アメデオ・モディリアーニや
キース・ヴァン・ドンゲンが描いたものがありましたし、
ギョーム夫人の肖像は、マリー・ローランサンが描いた絵も出てました。
チラシ裏面に並んでいるのは、モディリアーニが描いた
《新しき水先案内人ポール・ギョームの肖像》1915年と
ドランが描いた夫人の肖像
20世紀初頭のパリ、自動車修理工だったギョームは、アフリカ彫刻へ関心を寄せたことをきっかけにモンパルナスの芸術家たちと親交を深めます。 そして画廊を開設し、自らもコレクターとして作品収集をはじめました。 彼が私邸を美術館にする構想を抱きながらも、夢を果たせぬまま若くして世を去った後は、妻ドメニカがコレクションに手を加えていきました。
(チラシ裏面の文より)
私が興味深かったのは、ギョームとドメニカの美意識(?)の違い
例えば、アンリ・マティス
ポール・ギョームは1918年に自らの画廊で「マティスとピカソの作品展」を開催し、マティスの作品を何年にもわたって買い集めました。しかしギョームの死後、妻ドメニカは1910年代の大型作品を手放し、「ニース時代」(1917-1929)に描かれた作品だけを手元に残しました。
(ミニ図録より)
ピカソでは、ギョームが収集したキュビスム時代の作品の多くを
妻ドメニカは手放して「新古典主義」時代の作品を残したそう。
私もピカソの訳の分からんキュビスムの絵より、おおらかな
新古典主義の絵がいいなって思う(特にここに展示されてる
《布を纏う裸婦》1921-23年頃 大きな絵で迫力あります)けど、
捨てなれない私の性格からすると、スッパリ捨てて、
自分好みのコレクションにしたドメニカの強い意思って
すごいなぁって思ったりする。
そうした経緯でできたコレクションは、
ギヨームとドメニカの二番目の夫の名を冠した
「ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム コレクション」として
フランス国家へ譲渡され、オランジュリー美術館で展示されるようになったそう。
オランジュリー美術館の建物は、19世紀中頃にチュイルリー宮の庭園に建てられた
オレンジ温室(フランス語でオランジュリー)を改装したものなので、
そう呼ばれるようになったとか。
モネの「睡蓮」連作の展示室がある美術館なんですね。
ポール・ギョームは美術館をつくることを夢見たそうで、
1930年頃のポール・ギョームの邸宅のマケットが展示されていました。
(撮影可でした!)食堂
展覧会に出てたドランの《台所のテーブル》(写真ではシャンデリアで
隠れちゃってますが)や《踊り子ソニア》もあります。
ポール・ギョームの書斎
アフリカ彫刻らしきものもたくさん飾られていますね。
展覧会のタイトルにもなっているルノワールの作品が10点、
メインビジュアルにも使われている《ピアノを弾く少女たち》1892頃
どこかで見ている(もちろん本とか複製で)と思う絵ですが、
それはこちらの絵だったかも。オルセー美術館の
《ピアノに寄る少女たち》1892年 (wikiからダウンロードしました)
同じような構図の絵が少なくとも6点あるそうで、
オルセー美術館所蔵の絵の方が知られているかもしれません。
この絵と比べると、展覧会の絵はスケッチ風だけど、
少女たちの甘い柔らかさがより表現されているような。
(wikiにこちらの絵もありました)
隣に展示されていた
《ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル》1897-1898頃
描かれている壁にかかっている絵はドガの絵?
二人の女性たちは、ルノワールの友人アンリ・ルロルの娘です。ルロルは画家で美術品を収集し、音楽も愛していました。楽しげにグランド・ピアノを弾いているルロルの娘たちの背後の壁には、交流のあった画家ドガの作品がかけられています。
展覧会公式サイト/出品作家紹介/オーギュスト・ルノワール より
https://artexhibition.jp/orangerie2019/gallery/20190412-AEJ71754/
ルノワールが展覧会のタイトルになってるんですが、
出品点数としては13点でアンドレ・ドランが一番多いかな。
最初にあった夫妻の肖像画もだけど、
《アルルカンとピエロ》1924頃 は、ギョームが発注した作品で、
ギョームの自宅の壁に掛けられた写真がありました。
フォーヴィズムの画家とされるドランですが「1911年には伝統への 回帰を遂げ、古典的な画風に戻りました」(ミニ図録より)
この展覧会に出てたのは、古典的な画風に戻ってからの作品ですが、
それでもいろんな画風の絵があるなぁと。
面白かったのは、アンリ・ルソー
チラシ中面に使われている《婚礼》1905頃 なんて、
花嫁さんが宙に浮いちゃってるじゃーん! ってツッコミたくなるし、
《ジェニエ爺さんの二輪馬車》1908 では、犬が小さすぎるじゃん!!
思わずショップで、《人形を持つ子ども》1892頃 が表紙に使われている
『へんな西洋絵画』山田五郎 を買ってしまいましたよ!
「西洋にあえて「へん」に描く絵画が登場するのは、19世紀も後半に入ってから。」
「それ以前の西洋絵画には、わざと「へん」に描いた作品は存在しません。 丹念に絵具を塗り重ね、遠近法や陰影法を駆使して立体的かつリアルに描く西洋絵画は、あらゆる文化圏の絵画の中で最も「ガチ」な絵画ともいえ、日本の禅画や南画のように素朴さやゆるさを「味」としてめでる美意識が入り込む余地はありませんでした。私たち日本人が古典的な西洋絵画に息苦しさを感じ、印象主義以降の作品のほうが親しみやすいと感じがちなのもそのせいでしょう。」って指摘にはなるほど!って思った。
あと、
公式図録2,300円(+税)の解説や資料写真も捨てがたかったけど、
ミニ図録1,200円(+税)のコンパクトな可愛さと安さ(←これが大きい)に
ミニの方を買ってしまいました。
そしてお土産に、展覧会オリジナル「えの木てい」の横濱ローズサブレが
バラのパッケージに入っているものも購入800円(+税)
「えの木てい」は、5月に横浜に来た時に友人に連れて行ってもらいました。
横浜のバラと散策・えの木てい
https://shizukozb.blog.ss-blog.jp/2019-06-02
ショップを出たところにガチャガチャがあったので、
やってみたらセザンヌが出ました。私的にはアタリ! です。
続いて、横浜美術館のコレクション展を見ましたが、
長くなるので、それは次の記事で。
横浜美術館: https://yokohama.art.museum/
「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展覧会公式サイト:
https://artexhibition.jp/orangerie2019
「横浜美術館開館30周年記念
オランジュリー美術館コレクション
ルノワールと
パリに恋した12人の画家たち」という展覧会をやっています。
11月30日(土)の夜、横浜・桜木町駅前のコレットマーレ7階
「海風季」にて、大学の友人や古い職場の同僚たちが集まる会に
参加するために横浜・桜木町へ行って、ルートイン横浜馬車道に
泊まったことは前記事に:
横浜忘年会 コスモクロック21
https://shizukozb.blog.ss-blog.jp/2019-12-07
一緒に泊まった友人から、翌日は所用があるので
付き合えないって聞いていたので、
どこか美術館にでも行くつもりで、調べたんですが、
首都圏はあちこちでいい展覧会やっているんですけど、
私にとって「これは!」ってのがなかったし、
日曜なので上野とか混んでるだろうなーって。
横浜美術館のこの展覧会、いかにも日本人好みの
ルノワールや印象派やエコール・ド・パリの画家たちで、
ちよっとポピュラーすぎるかなぁ‥‥と思いつつも、
(この展覧会を見に横浜まで行こうとは思わなかった)
ルートインからも電車に乗らずに行けるし、
横浜美術館ってまだ行ったことなかったので――
なんて、消極的な理由で行った展覧会でしたが、
良かった!
まず、展示されているルノワールをはじめとする名画が
親しみやすい! 日本人が好きな西洋絵画っていうか、
中学の美術の教科書に載っている絵って、
こんなカンジじゃないですか?
(クリックで拡大します)
あまりカラヴァッジョとかデューラーとかって、
授業で取り上げないですよね? 印象派以前の絵って、
キリスト教の知識がないと理解できなかったりするし、
そういうリアルな絵って、絵を描く参考にはならないっていうか、
ユトリロの絵とか、風景画の「お手本」みたいな感じで
生徒作品と一緒に載ってたりしましたよね。
そして、これらオランジュリー美術館のコレクションの基になった
画商ポール・ギョームと妻ドメニカについて知ることができて、
とても興味深かったです。
展覧会の最初に展示されているのが、
アンドレ・ドランが描いた
《ポール・ギョームの肖像》1919年 と、
《大きな帽子を被るポール・ギョーム夫人の肖像》1928-29年
制作年が10年違うってのもあるかもしれませんが、
ポール・ギョームが、なんか頼りなさげな雰囲気なのに比べて、
夫人の意思が強い性格がわかるような肖像画が素敵。
ポール・ギョームの肖像は、アメデオ・モディリアーニや
キース・ヴァン・ドンゲンが描いたものがありましたし、
ギョーム夫人の肖像は、マリー・ローランサンが描いた絵も出てました。
チラシ裏面に並んでいるのは、モディリアーニが描いた
《新しき水先案内人ポール・ギョームの肖像》1915年と
ドランが描いた夫人の肖像
20世紀初頭のパリ、自動車修理工だったギョームは、アフリカ彫刻へ関心を寄せたことをきっかけにモンパルナスの芸術家たちと親交を深めます。 そして画廊を開設し、自らもコレクターとして作品収集をはじめました。 彼が私邸を美術館にする構想を抱きながらも、夢を果たせぬまま若くして世を去った後は、妻ドメニカがコレクションに手を加えていきました。
(チラシ裏面の文より)
私が興味深かったのは、ギョームとドメニカの美意識(?)の違い
例えば、アンリ・マティス
ポール・ギョームは1918年に自らの画廊で「マティスとピカソの作品展」を開催し、マティスの作品を何年にもわたって買い集めました。しかしギョームの死後、妻ドメニカは1910年代の大型作品を手放し、「ニース時代」(1917-1929)に描かれた作品だけを手元に残しました。
(ミニ図録より)
ピカソでは、ギョームが収集したキュビスム時代の作品の多くを
妻ドメニカは手放して「新古典主義」時代の作品を残したそう。
私もピカソの訳の分からんキュビスムの絵より、おおらかな
新古典主義の絵がいいなって思う(特にここに展示されてる
《布を纏う裸婦》1921-23年頃 大きな絵で迫力あります)けど、
捨てなれない私の性格からすると、スッパリ捨てて、
自分好みのコレクションにしたドメニカの強い意思って
すごいなぁって思ったりする。
そうした経緯でできたコレクションは、
ギヨームとドメニカの二番目の夫の名を冠した
「ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム コレクション」として
フランス国家へ譲渡され、オランジュリー美術館で展示されるようになったそう。
オランジュリー美術館の建物は、19世紀中頃にチュイルリー宮の庭園に建てられた
オレンジ温室(フランス語でオランジュリー)を改装したものなので、
そう呼ばれるようになったとか。
モネの「睡蓮」連作の展示室がある美術館なんですね。
ポール・ギョームは美術館をつくることを夢見たそうで、
1930年頃のポール・ギョームの邸宅のマケットが展示されていました。
(撮影可でした!)食堂
展覧会に出てたドランの《台所のテーブル》(写真ではシャンデリアで
隠れちゃってますが)や《踊り子ソニア》もあります。
ポール・ギョームの書斎
アフリカ彫刻らしきものもたくさん飾られていますね。
展覧会のタイトルにもなっているルノワールの作品が10点、
メインビジュアルにも使われている《ピアノを弾く少女たち》1892頃
どこかで見ている(もちろん本とか複製で)と思う絵ですが、
それはこちらの絵だったかも。オルセー美術館の
《ピアノに寄る少女たち》1892年 (wikiからダウンロードしました)
同じような構図の絵が少なくとも6点あるそうで、
オルセー美術館所蔵の絵の方が知られているかもしれません。
この絵と比べると、展覧会の絵はスケッチ風だけど、
少女たちの甘い柔らかさがより表現されているような。
(wikiにこちらの絵もありました)
隣に展示されていた
《ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル》1897-1898頃
描かれている壁にかかっている絵はドガの絵?
二人の女性たちは、ルノワールの友人アンリ・ルロルの娘です。ルロルは画家で美術品を収集し、音楽も愛していました。楽しげにグランド・ピアノを弾いているルロルの娘たちの背後の壁には、交流のあった画家ドガの作品がかけられています。
展覧会公式サイト/出品作家紹介/オーギュスト・ルノワール より
https://artexhibition.jp/orangerie2019/gallery/20190412-AEJ71754/
ルノワールが展覧会のタイトルになってるんですが、
出品点数としては13点でアンドレ・ドランが一番多いかな。
最初にあった夫妻の肖像画もだけど、
《アルルカンとピエロ》1924頃 は、ギョームが発注した作品で、
ギョームの自宅の壁に掛けられた写真がありました。
フォーヴィズムの画家とされるドランですが「1911年には伝統への 回帰を遂げ、古典的な画風に戻りました」(ミニ図録より)
この展覧会に出てたのは、古典的な画風に戻ってからの作品ですが、
それでもいろんな画風の絵があるなぁと。
面白かったのは、アンリ・ルソー
チラシ中面に使われている《婚礼》1905頃 なんて、
花嫁さんが宙に浮いちゃってるじゃーん! ってツッコミたくなるし、
《ジェニエ爺さんの二輪馬車》1908 では、犬が小さすぎるじゃん!!
思わずショップで、《人形を持つ子ども》1892頃 が表紙に使われている
『へんな西洋絵画』山田五郎 を買ってしまいましたよ!
「西洋にあえて「へん」に描く絵画が登場するのは、19世紀も後半に入ってから。」
「それ以前の西洋絵画には、わざと「へん」に描いた作品は存在しません。 丹念に絵具を塗り重ね、遠近法や陰影法を駆使して立体的かつリアルに描く西洋絵画は、あらゆる文化圏の絵画の中で最も「ガチ」な絵画ともいえ、日本の禅画や南画のように素朴さやゆるさを「味」としてめでる美意識が入り込む余地はありませんでした。私たち日本人が古典的な西洋絵画に息苦しさを感じ、印象主義以降の作品のほうが親しみやすいと感じがちなのもそのせいでしょう。」って指摘にはなるほど!って思った。
あと、
公式図録2,300円(+税)の解説や資料写真も捨てがたかったけど、
ミニ図録1,200円(+税)のコンパクトな可愛さと安さ(←これが大きい)に
ミニの方を買ってしまいました。
そしてお土産に、展覧会オリジナル「えの木てい」の横濱ローズサブレが
バラのパッケージに入っているものも購入800円(+税)
「えの木てい」は、5月に横浜に来た時に友人に連れて行ってもらいました。
横浜のバラと散策・えの木てい
https://shizukozb.blog.ss-blog.jp/2019-06-02
ショップを出たところにガチャガチャがあったので、
やってみたらセザンヌが出ました。私的にはアタリ! です。
続いて、横浜美術館のコレクション展を見ましたが、
長くなるので、それは次の記事で。
横浜美術館: https://yokohama.art.museum/
「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展覧会公式サイト:
https://artexhibition.jp/orangerie2019
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