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イチハラヒロコ『この人ゴミを押しわけて、はやく来やがれ、王子さま。』 [本]

図書館でたまたま手にした、タイトルが長いこの本。

この人ゴミを押しわけて、はやく来やがれ、王子さま。

この人ゴミを押しわけて、はやく来やがれ、王子さま。

  • 作者: イチハラ ヒロコ
  • 出版社/メーカー: アリアドネ企画
  • 発売日: 1999/11
  • メディア: 単行本



イチハラヒロコという、現代美術(‥‥って言っていいんでしょうか?)アーティストの本。

ページの真ん中に、太いゴシック文字でコトバが書かれています。

いゃ~、面白いですね!思わず笑いがこみ上げてきます。
恋に関するコトバが多いかな。
あ、でも恋愛感情ってのじゃなくて、
お笑い芸人っぽい女の人が、自分のことを笑いとばすような。
自分のことを笑いにできるってのがユーモアなんですよね。

広告コピーにも通じるっていうか、広告にも使われているでしょうね。

そして、ネットで調べたら、イチハラヒロコの恋みくじなんてのもあるんですね。
そして、恋みくじが入っているチョコレートがバンダイから出されているそうで、
わー、これ、企画した人エライです。

そして、笑ったのが、本の最後の方で紹介されていた、海外でのイベント
1998年に、イギリスのノーリッジのショッピングセンターで、オーナーにだけ許可をもらって、
紙袋を2,000枚配ったそうです。その紙袋には日本語でこう書かれています。

万引き
するで。


底に英訳(I'll nick something.)が書かれているので、持っている人には意味がわかりますが、
店員さんやガードマンは何も知らないのでした。ハハハ!面白いです。

オランダ・ロッテルダムのホイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館のショップでは、
写真集などを購入した人に差し上げたとのこと。

他にもこんな本を出しているんですね。面白そう!!

こんどはことばの展覧会だ

こんどはことばの展覧会だ

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 三修社
  • 発売日: 1994/10
  • メディア: 大型本



ものすごーくタイトルの長い本!




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中村文則『掏摸[スリ]』 [本]

中村文則『掏摸[スリ]』読みました。

掏摸

掏摸

  • 作者: 中村 文則
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2009/10/10
  • メディア: 単行本



実は去年の暮に読み終わってたんです。
中村文則『悪と仮面のルール』を図書館に返却に行ったら、棚にありました。
年末の忙しい時期だけど‥‥と思いながら借りてきたんですが、
読むのは一気に読めました。『悪と仮面のルール』が途中何度か中断したのとは対照的。
短いってのもあるかもしれませんが、緊張感のある文章と展開、面白かったです。
この人の本の中では一番「面白い」小説だと言っていいでしょう。

これまでの文学的な暗い面と、ピカレスク小説のようなエンターテイメント性が
とてもいい具合に調和しているように思いました。

うん、さすが、大江健三郎賞を受賞した作品ですね。

(この後の作品『悪と仮面のルール』では、私の好きな文学的な面が薄まりすぎて、
 そちらを先に読んだ私は、ちょっと違和感を感じたんですが)

――以下、一部ネタバレ部分を含みますのでご注意ください。

主人公は天才スリ師。金持ちからサイフをスる。
その手口、感覚が、この人の緊迫感のある文章で見事に描かれています。
まるで、スリをしているのが自分であるかのような描写で、ドキドキします。
でも、そんな主人公を、反社会的なヒーローとして描いているわけではありません。

社会から疎外された者の孤独感――
何度も出てくる塔のイメージが印象的です。

私はこの人の短く緊張感のある文章が好きで、特に出だしの文章が
とても魅力的で感心するんですが、今回もすごくいいです。

 まだ僕が小さかった頃、行為の途中、よく失敗をした。
 混んでいる店内や、他人の家で、密かに手につかんだものをよく落とした。他人のものは、僕の手の中で、馴染むことのない異物としてあった。本来ふれるべきでない接点が僕を拒否するように、異物は微かに震え、独立を主張し、気がつくと下へ落ちた。遠くには、いつも塔があった。霧におおわれ、輪郭だけが浮かび上がる、古い白昼夢のような塔。だが、今の僕は、そのような失敗をすることはない。当然のことながら、塔も見えない。

この塔は、何か超越した絶対的な力を象徴しているんでしょうか。

そして、主人公が、虐待されて、万引きを強要されている子供に寄せる
父親のような情愛には哀しくも温かなものを感じます。

そんな主人公の前に現れるのが、最悪の人物・木崎。
この木崎という人物の長いセリフには、ちょっと現実感がないような気がしますが、
神の如くに他人の運命を操る快楽について語るこの男は、
主人公に仕事を依頼する。
失敗すればお前を殺す。断れば最近親しくしている子供を殺すと言う。
その無理、不可能とも思える仕事の描写は
サスペンス小説のような緊張感とスリルがあって面白かった。

しかし、仕事をやり終えた後の、木崎のさらに冷酷な仕打ち‥‥
「気の毒だ」
「お前の運命は、俺が握っていたのか、それとも、俺に握られることが、お前の運命だったのか。」

でも、主人公が最後に、死にたくないと思い、微かな希望をかけてコインを投げるラスト、
救いを感じさせて、なかなかいいです。

ただ、今までの中村文則のファン(アレ?今までファンではないとか書いていたけど‥‥
ま、今までの全ての小説を読んでいるってのは立派なファンなんでしょうね)から
老婆心ながら言わせてもらうと、
この小説、サスペンス小説のようなエンターテイメント性があるので、
新しい読者を獲得できるだろうことは、古くからのファンにとっても嬉しいことだけど、
塔のイメージや、指先に感じる異物の感覚‥‥そんな描写、
文学的なところをこれからも大事にしていってくださいね。

中村文則の公式サイトはこちら:http://www.nakamurafuminori.jp/
著作についてのコメント等もあります。

タグ:中村文則
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まずテーブルを片付けることから始めよう [本]

近年はお正月気分というのも薄れてきているのですが、
やはり、新年を迎えて、それなりに
今年は頑張ってみようとか思うこともあるわけで‥‥
で、ここ十年以上、そんな今年の目標のひとつが、

家を片付ける」なんですよ。

今年こそは‥‥と思いながら、ずっとできていないわけで。

わかっているんですよ、捨てればいいんだと。
いつか使うかもと思うモノは結局は使わないんだと。
捨てて、スッキリした空間を手に入れることで得るものは大きいと。

最近は「断捨離(だんしゃり)」という言葉をよく聞きますね。

新・片づけ術「断捨離」

新・片づけ術「断捨離」

  • 作者: やました ひでこ
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2009/12/17
  • メディア: 単行本



また、『たった1分で人生が変わる 片づけの習慣』小松 易
という本も話題になっています。

たった1分で人生が変わる 片づけの習慣

たった1分で人生が変わる 片づけの習慣

  • 作者: 小松 易
  • 出版社/メーカー: 中経出版
  • 発売日: 2009/12/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



図書館で借りられるようになったら読んでみようと思っているんですが、
そういう本を読んで、捨てるのが大事だと理解しても、
いざ、モノを手にしてゴミ袋に入れようとすると、きっと
出来ないだろうと思うのは、モノへの執着というよりは、
私がこれからどう生きたいのか、よくわかってないからだと思うんです。
どう生きたいのかわからないので、そのモノが必要なのか不要なのかわからない。

このブログを見てもわかりますが、明確なテーマがないんですよね。
いろんなことに興味を持っているんだけど、みんな中途半端で‥‥

なので、あふれかえるモノを前に、ただ迷っているだけで時間が過ぎてしまい、
いつまでも片づかないワケで。

そんな、半ばあきらめ状態の中で、たまたま図書館で出会った本がこちら

テーブルひとつから始める
「お部屋スッキリ!」の法則
あらかわ菜美

「お部屋スッキリ!」の法則―テーブルひとつから始める

「お部屋スッキリ!」の法則―テーブルひとつから始める

  • 作者: あらかわ 菜美
  • 出版社/メーカー: 大和出版
  • 発売日: 2007/10
  • メディア: 単行本


100ページもない、イラストの多い、ほとんど読むところのない本です。
内容もシンプル。

ダイニングテーブルをきれいにすれば片付けられるようになります

え?なんでダイニングテーブル??
テーブルは、生活の基本が全部集中して、いろいろなモノが押し寄せてくる場所だからです。
ふーん、でも、テーブルにコップとかがあるのはしょうがないでしょ?
当日の新聞は我が家ではテーブルに置くことにしているけど、
それくらいで、我が家はわりときれいよ‥‥と、テーブルを見ると、
車のキーや爪きり、ダンナの書類、ボールペン、息子の本‥‥あら、意外とあるワ。

そういえば、私、車のキーをついあちこちにチョイ置きしてしまい、
よく探しているんですよね。
パート先でもよくモノを元に戻していないと怒られてたっけ‥‥

この本によると、

片付けはとても簡単な法則でできているんですよ。
 ・元にもどす
 ・捨てる


なので、このふたつの動作を一番くり返しているテーブルをきれいにすることで、
家中のモノを片付けられるようになる。

この本の内容はこれだけです。
でも、テーブルを片付けるくらいならできると、ちょっと意識して、
当日の新聞以外のモノを置かないようにしてみたんですよ。

そうやってキレイになってくると、息子やダンナにも
「テーブルに置いておくとお茶をこぼしたりして汚れるから、しまっておいて」
って言いやすいんですよね。

食事の後の食器も、私はなかなか片付けられず、そのままにして
コーヒーとかお菓子を食べたりしているようなタイプだったんですが、
できるだけ早めに流しへ持っていき(洗うのは後回しにすることが多いですが)
キレイなテーブルでコーヒーをいただくようにしました。

はたしてこれで家中が片付くのかどうかは疑問ですが、
何かがちょっと変わったような気もします。

掃除などしたことのない息子が
「もう要らない本はどうしたらいい?」と聞いてきたんですよね。

中村文則『悪と仮面のルール』 [本]

中村文則の『悪と仮面のルール』図書館で借りて読み終わりました。

悪と仮面のルール (100周年書き下ろし)

悪と仮面のルール (100周年書き下ろし)

  • 作者: 中村 文則
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/06/30
  • メディア: 単行本


今年の6月に書き下ろしで出版された単行本。
先日行った時に、図書館の棚にあったので借りてきました。

私は中村文則の小説が好きというわけではないと思っているのですが、
今まで出版された本は、この本の前の『掏摸[スリ]』以外は全て読みました。
(それって立派なファン?)ただし、全て図書館の本ですが。
この人の本、わりと最新刊でも図書館の棚にあるんです。

で、あ、中村文則の新刊だと本を手に取った時に、ちょっと違和感が。
この人の本はいつも装丁がとても美しいんだけど、
こんな具体的なイラストが表紙に使われているのは初めてというか。
いつもわりと抽象的なイメージの表紙だったので。

この人の小説、いつも書き出しの文章がとてもいいんですが、
今回の最初の「刑事の日記(紙片)」
もってまわったような表現だけど、ミステリーっぽい展開になってるのね、
それも面白そうかもしれないと思ったんですが‥‥

以下、ネタバレを含むので、
これから読もうと思っている方は、ご注意ください。



「今から、お前の人生において重要なことを話す」
 十一歳の時、父が僕を書斎に呼んでそう言った。

で始まる父の話には、ちょっと引いてしまったというか‥‥

「お前は私に手により、一つの『邪』になる。悪の欠片といってもいい」
それから父は自分の『邪』の家系についての説明を始めるのだが――
うーーん、なんかあんまりリアリティがなくて、なんだかマンガの原作のような
セリフ‥‥あ、私はマンガは大好きなので、マンガっぽいのがダメというわけではなくて、
私はこの人の小説の、ちょっと古い文学的なところ、
短く緊張感のある地の文章のリズムが好きなんですよね。
たとえば、その父の書斎を描写したこんな文章――

この部屋は広く、温度もなく、壁には鹿の首の剥製が飾られていた。鹿の角は左右に大きく伸び、それが既に物であるのを示すように、毛並みの表面に薄く埃が溜まっている。

セリフが多い展開になると、こういう緊張感のある文章が薄まる気がして、
ちょっと残念なような気がするんですが。

連続通り魔を「つまらない犯罪」と言い、
「お前はこの国の中枢か、この国に対峙する何かの中枢に入り、悪をなす」ように
育てようとする父、そのために
「お前に地獄を見せる」なんておどろおどろしいセリフを吐く父。

きゃ~、もしかしてバイオレンス小説のような展開になる?
なーんて思ったんですが、もちろんそんなことはなくて、

屋敷にひきとられた養女・香織のためにも父を殺害しなくてはと決意する
十四歳の主人公を前にして、父はあっさりと死んで(殺されて?)しまう。
なんか拍子抜けしてしまうようなカンジ。

父は主人公のたくらみに気付いて、
「‥‥お前に地獄を見せることはできなくなったが、同じことだ。お前は私を殺すのだから。お前は人間を殺すのだから」
と、長々と、なぜ人を殺すと人間が歪むのかと演説し、自ら閉じ込められる。
毒薬も持っていたわけで、父の最期は餓死なのか、服毒なのかはわからない。

でも、主人公は父が目指した(?)ような『邪』にはならずに、
ずっと父を殺したことを悩んで、大したことはできていない存在となるわけで、

思うに、この主人公、すごく根が善良で誠実なんだと思うんですよね。
父は、そんな主人公の性格、わかってなかったのかなぁ?
この主人公では、たとえ地獄を見せて教育(?)したとしても、
そんな大それた『邪』にはならないように思えるのだけど。

父が目指す『邪』に近いのは、次男、つまり主人公の兄じゃないかと思うけど、
(父に言わせると「勝手に生まれ、勝手にそうしたに過ぎない」そうだが)
「戦争はビッグビジネスだ」という次男。
「金を稼ぐには、主に二種類がある」
「‥‥一つは、魅力的な商品やサービスをつくり、人々のサイフの金と交換すること。二つ目は、強制的に集められた金、つまり国が集めた人々の税金を国からもぎ取ることだ。‥‥儲かるのは主に後者。今から簡単に戦争の構図を教えてやる」

と、彼は、アフリカやイラクの戦争の裏にある
利権の話などを滔滔と述べるのだけど、なんか、とってつけたようで、
あー、そうですか、よく調べましたねーってカンジ。まぁ、
「我々は北を刺激し、日本の9.11を計画している」
「日本に一発でもミサイルが激突してみろ。一瞬でこの国の世論は変わる。平和憲法など吹っ飛ぶ。」
というセリフには、この間の韓国・延坪島への砲撃を思い出して、ちょっとゾッとしましたが。

そんな次男も、
主人公が殺したというよりは、父と同じように自分で死んでいったように思えて、
ふーーん、これだけの悪を為す人が、いやにあっさりと死ぬんだ。
まるで、自殺の機会を待っていたようなタイミングじゃない?

で、そんな『邪』の家系に生まれた主人公、
いじらしいほどの女性(香織)に対する純愛ぶりなんですよね。
探偵を使って、彼女のことを調べ、隠し撮りした映像を繰り返し見る。
彼女を振った男に復讐する。邪な思いで近づいてくる男を殺す‥‥

でも、私、この小説のハッピーエンドとも思えるような、救いのあるラスト、
嫌いじゃないです。最初の場面につながるような終わり方もちょっと洒落てます。
探偵も刑事も、この小説に出てくる人間、結構イイ人じゃないですか。


自分と最愛の女性を守るためにと思って、計画した殺人だけど、
いざやってみると、いつまでもその人を殺した感覚に苦しめられる主人公は、
『罪と罰』のラスコーリニコフ?
(すみません、私、『罪と罰』は途中で挫折したので、よくわからないんですが、
 著者もとても尊敬しているこの古典、読んでみなくちゃという気になってきました)

そして、ちょっと考えたのは、裁判員裁判で死刑の判決をさせるってのは、
今までフツーに生活していた人には、ものすごく酷なことではないのかってこと。
「‥‥人間を殺した衝撃を、無意識に精神のどこかに封じ込めずに、ちゃんと受け止めた時、人間は確かに誤作動を起こすよ」
たまたまクジで当たって、裁判員になり、死刑しかない被告だと判決をしたとしても、
その後、フツーの生活に戻れるのだろうか? 死刑になる被告の姿が
ずっと頭のどこかにつきまとうのではないか?と。
‥‥別に私は死刑反対というほどの明確な意見は持っていないんだけど。

ハハ、こんなふうに、読後 暗~く、ぐちゃぐちゃと考えてしまうのが、
中村文則の本なのかな?

今までの感想はこちら
中村文則「土の中の子供」 http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2008-01-14
中村文則「銃」「悪意の手記」 http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2008-01-27
中村文則「最後の命」 http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2008-02-05
中村文則『世界の果て』http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2009-09-23
中村文則『何もかも憂鬱な夜に』http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2009-10-23

こうなったら、『掏摸[スリ]』もぜひ読んでみなくては。
(まだ図書館の棚にないんですよ。予約してまでは‥‥と思ってるので。
 大江健三郎賞を受賞した小説だそうですね。それだけ人気があるのかな?)
タグ:中村文則
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紅楼夢 [本]

今年もキンモクセイの季節が終わってしまいました
実は3年前のキンモクセイの季節に書き始めた記事があるんです
毎年、キンモクセイの香りが漂ってくると、続きを書いてアップしようと思うんですが、
完成できない間に季節が過ぎてしまって、なんかアップする意欲をなくしていたんですが、
さすがに今年こそはアップしようかと‥‥

キンモクセイで、ちょっと思い出すのが、『紅楼夢』の中でも一番の悪女、金桂(きんけい)
広大な地所に桂花(モクセイ)ばかり栽培していたので「桂花の夏家」と言われていた
裕福な商家の一人娘としてわがままに育った彼女は、
請われて薛蟠(せつばん 彼も紅楼夢中第一の悪人)の正室となるが、
金桂は、薛蟠の妾になっている香菱(こうりょう)が気に入らない。なのでひまつぶしに
香菱という名前を「菱(ひし)の花に香りがあるだなんて」と言いがかりをつける。
「菱ばかりではございません。蓮(はす)の葉だって、なんともいえぬいい香りがございますわ」
「それじゃお前にいわせると、蘭や桂花は香りがよくないというわけだね」
と言われて、香菱は思わず、「蘭や桂花の香りはほかの花とちがって、また格別で‥‥」と
いいかけて、はっとしたがもう遅かった。
金桂の実家からついてきた女中の宝蟾(ほうせん)が、
「まあ失礼な! あんたはなんで奥さまのお名前を呼びつけにするのよ!」とわめき立てた。
香菱があやまると、金桂は、香という字が気に入らないから換えろという。
「今ではこのからだまですべて奥さまのものでございます。名前一つ換えるくらいのことでおたずねいただいては、かえって痛み入ります」
ということで、香菱は秋菱と名前を変えられてしまう。
Kouroumu5.gif
(中央公論社『中国劇画 紅楼夢』より)
‥‥権力者の横暴と、それに翻弄される女性。ひどい話だなぁと。

この香菱、本名を甄英蓮(しんえいれん)といい、蘇州の由緒ある家の一人娘として生まれ、
年老いた両親に可愛がられて育てられていたのだが、
祭り見物に行った先で人さらいにあってしまう。それでも、
きちんと本妻として迎えようと、彼女を買ってくれた若い男がいたのだが、
新婚の部屋などを整えようと、3日後に迎えに来るからと言って帰ったあとで、
人さらいは別の男に二重売りをしてしまう。その男が裕福な名家の極道息子 薛蟠。
彼女を手に入れるために、人さらいを半死半生の目にあわせたのはいい(?)として、
先に買ってくれた男も殺してしまって自分の妾にする。
こんな非道をしても、役人も自分の得ばかり考えて、お咎めなしという有様。

薄幸の運命に翻弄される香菱だけど、『紅楼夢』の数多い脇役の一人にすぎないんです。

私が『紅楼夢』を読んだのは、もうずいぶん昔のことだ。
岩波文庫だったと探してみたら、3冊見つかった。
Kouroumu4.jpg
第一巻の奥付には、「1984年4月10日 改訳第11刷発行」とあった。
だけど、〔全12冊〕となっている。
え?長い物語ではあるけど、この岩波文庫を12冊も読む根気はあったかなぁ??
実は、どこまで岩波文庫で読んだか覚えがない。

その後、こういう本を見つけて購入したのだった。
中央公論社から1993年に出版された『中国劇画 紅楼夢』
Kouroumu3.jpg
中国人絵師による優美な絵は、女性の着物や豪華な室内装飾、
贅沢な暮らしぶりがよくわかって、物語に入り込めていい。
そして、岩波文庫と同じ訳者の文章が添えられている。
Kouroumu.gif

この物語を読もうと思ったのは、「中国の源氏物語」と言われていることと、
テレビの劇場中継で、中国の女性だけで演じられる越劇の『紅楼夢』をたまたま見たこと。
賈宝玉(か ほうぎょく)と林黛玉(りん たいぎょく)の通俗的な悲恋物語として、
衣装も豪華だったし、黛玉が花を葬るシーンなどは歌と踊りで美しかった。
(まさに、中国のタカラヅカだった)
Kouroumu2.gif

しかし岩波文庫版『紅楼夢』を読み始めると、最初に、石が霊性を持って、
下界紅塵に下りて経験したことを書いてできたのがこの書だとか、
出世を求める俗な男の物語など、とにかく登場人物の名前も覚えられない程、
多くの人のことが事細かに続く。そして、やっと名門貴族の貴公子・賈宝玉と
病弱だが詩才抜群の美女・林黛玉が登場しても、
周囲の腰元や下人などまでの多くの人々の話がクドクドと続く。

あっさりした日本食と違って、素材も様々、料理法も複雑な中国料理の味わい?

ちょっと退屈しながらも、読んでいったのは、
清朝貴族社会の豪華な日常生活が
その裏のドロドロした事まで含めて細かく描かれているのが、
異国趣味もあって、興味深かったせいかもしれない。
運命や周囲の人々の思惑に翻弄される女性たちの哀れさとか、
市井の人々や下々の悲惨な生活なども描かれる。
そして、栄華を極めた賈一族が没落していく様子は感慨深い。

この物語、中国の人は大好きのようですね。
我が家にホームステイに来た中国の柯さん。
筆談していて、文学の話になり(彼は川端康成や村上春樹も読んだそう)
私が『紅楼夢』と書いて、読んだと言うと、彼は非常に喜んで、
妻がとても好きだと言った。彼は『三國演義』と書いて、
自分はこっちが好きだと。そして、『四大名著』と書いて、
『水滸傳』『西遊記』『三國演義』『紅楼夢』と教えてくれた。

ただ、私、『紅楼夢』が好きか?と言われると‥‥
確かに大作で、壮大な物語だけど、どうも主人公のキャラクターが好きになれない。

宝玉は甘やかされて育ったわがままなお坊ちゃんというカンジだし――
私は、賈家に君臨するご隠居(宝玉の祖母)史太君(し たいくん)が
溺愛のあまりスポイルしちゃったんだと思う。

林黛玉はひがみっぽい性格がどうも‥‥

宝玉と黛玉が幼馴染で、お互いに意識しすぎて、思いがすれ違ってしまうというのは、
少女マンガにもよくあるパターンなんだけど、黛玉のひがみっぽい性格もその原因だし、
宝玉の周囲の人に、嫁には向いていないと思われるのは病弱なせいだけじゃないと思う。

私も嫁にするのなら、林黛玉より薛宝釵(せつ ほうさ)の方がいいと思う。
宝釵の家名や立身出世を口にする常識的なところを、宝玉は俗っぽいと嫌うけど、
それって生活していくには大切なことじゃない?
薛宝釵のような学級委員長タイプの優等生は男性から見て魅力がないのかなぁ‥‥?

宝釵は宝玉と結婚させられるので、黛玉ファンからは恨まれるかもしれないけど、
宝釵だって被害者(?)なんだから。
穏やかな性格の宝釵、もっとイイ男に嫁いでいれば‥‥と、私は宝釵の方に同情する。

紅楼夢で悲劇的でない末路を迎えるのは、賈探春(か たんしゅん)とか、李紈(りがん)とか、
控えめで思慮深い性格の女性だけど、あまり彼女たちには魅力を感じないんだけど。

いっそ、王煕鳳(おう きほう)の、妾を自殺にまで追いやったり、高利貸しをしたりと、
自分の才覚で行動していく姿は、悪女かもしれないけど魅力的だ。

そして、庶民の劉(りゅう)ばあさんのしたたかさは、なかなか痛快でした。

amazonで見たら、『中国劇画 紅楼夢』中古であるようですね。
『紅楼夢』がどんな物語か知りたい方にはお薦めです。

中国劇画紅楼夢 (第1巻) (Chuko★comics)

中国劇画紅楼夢 (第1巻) (Chuko★comics)

  • 作者: 曹 雪芹
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1993/11
  • メディア: 単行本



中国劇画紅楼夢 (第2巻) (Chuko★comics)

中国劇画紅楼夢 (第2巻) (Chuko★comics)

  • 作者: 曹 雪芹
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1993/12
  • メディア: 単行本



良かったら、岩波文庫全12巻読破にチャレンジしてみてください。

紅楼夢 1 改訳 (岩波文庫 赤 18-1)

紅楼夢 1 改訳 (岩波文庫 赤 18-1)

  • 作者: 曹 雪芹
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1972/01
  • メディア: 文庫



平凡社ライブラリーの『紅楼夢』もあるようです。

紅楼夢 (1) (平凡社ライブラリー (162))

紅楼夢 (1) (平凡社ライブラリー (162))

  • 作者: 曹 雪芹
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1996/09
  • メディア: 新書



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空を飛ぶ恋――ケータイがつなぐ28の物語 [本]


空を飛ぶ恋―ケータイがつなぐ28の物語 (新潮文庫)

空を飛ぶ恋―ケータイがつなぐ28の物語 (新潮文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/05
  • メディア: 文庫


ケータイをテーマにした
28人の作家のショートショートが読める本(文庫)です。

「週刊新潮」2003年11月20日号から2006年3月16日号まで、
KDDI株式会社の提携により掲載された
「Communicate Cafe ショートショート」を編集したもの。

収録されている作品は

大事ななくしもの 島田雅彦
虹の彼方に 小池真理子
絵文字 大岡玲
拾い主からの電話 阿川佐和子
オーヴァー・ザ・レインボウ 重松清
月の裏側 堀江敏幸
大人の恋 唯川恵
渋谷で七時 石田衣良
その日 高橋源一郎
じんじん 藤田宜永
不本意だけど 川上弘美
荷解き 吉田修一
恩返し 谷村志穂
明日はきっと幸せ 立松和平
夢観音 藤沢周
運命 髙樹のぶ子
狂い咲き 佐野史郎
海からの信号 佐伯一麦
ナブラ 椎名誠
一枚上手 平野啓一郎
定年旅行 星野智幸
7時間35分 柳美里
断崖で着信する 町田康
MOBILE AMEBA 金原ひとみ
パールピンクの窓 俵万智
ケータイ元年 高村薫
着信 中村文則
ふっくらと 北村薫


各作品は文庫のページにゆったりした大きめの活字で5ページ。
なので、すぐ読めます。

こういうのって、各作家にとっては結構なプレッシャーじゃないでしょうかね。
短いストーリーってのは、意外に難しいし、「ケータイ」というお題もある。
何より、他の作家と比較されるのは必定ですよね。

読む方は、28人の作家について、誰の作品が良かったとか、
着想がどうのとか、文体がどうのとか、比較しながら楽しめるわけです。

で、そんなことを通して、読む方の趣味とか、読解力ってのも
わかってしまうんですよね。

amazonで、この本のレビューを書いている人のイチオシが、
金原ひとみ うん、確かにこの本の中で一番個性的でイマドキではあるけど、
評価が分かれる作品じゃないかな。このぐちゃぐちゃっとした文体は、
ストーリーと共に、斬新と受け取られるか、わかりにくいと拒否されるか。
(私はちょっと拒否反応‥‥)
そして、石田衣良、藤田宜永、町田康を面白いと評価している。
結構、実験的なものとか個性的な作品を評価していますね。

私のベスト3は、
中村文則、川上弘美、阿川佐和子です。
レビューの人と比べると、かなり大人しいというか、保守的?

中村文則は、ちょっと贔屓目もあるかな?
そもそも、図書館でこの本を手に取ったきっかけが、
新聞で中村文則の新刊が出たということを知って、図書館に行った時に、
検索してみたんですが、さすがに新刊は貸し出し中だったんですが、
この本がヒットしたんですよ。

で、借りて、最初に読んだのが中村文則の「着信」だったものですから。
この人の文体、好きなんですよね。「‥‥だった。‥‥だ。」と、
短いリズムがとてもいい。内容もちょっとホロリとさせられるような
いい話で、うん、長編の救いようのない暗い話より、意外とこういう
穏やかないい話を書いてもいいんじゃない?とか思ったりして。
(あ、新刊はどういう話だろう?
 図書館で借りられるようになったら読まなくちゃ)

ダンナに読ませてみたら、ランキングは、
阿川佐和子、中村文則、髙樹のぶ子、川上弘美、高村薫、俵万智、唯川恵
だそうです。私の趣味とわりと似ていますね。
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『エリザベート ハプスブルク家最後の皇女』 [本]

皇妃エリザベートのことを書いていて、思い出した本があります。
『エリザベート ハプスブルク家最後の皇女』
Elisabeth.jpg

エリザベート―ハプスブルク家最後の皇女


図書館で、表紙の写真にひかれて手に取りました。
(うーん、いつのことだったのか?覚えていません)
ウエストがキュッと細くてすらりとした魅力的な女性のポートレート。

エリザベート‥‥美貌で名高いさすらいの皇妃? でも「最後の皇女」というと?
と、ページをめくると、彼女は、皇妃エリザベートの孫娘、
マイヤーリンクで自殺した皇太子ルドルフの一人娘。
つまり、ハプスブルク家のもっとも正統な血筋をひく最後の皇女である。

この本の著者も、オーストリア在住だった1963年(昭和38年)3月
エリザベートの死を報じる新聞記事で初めて彼女について知り、
その数奇でドラマティックな生涯に驚いて、調べ始めたとのこと。

世界史というのは国も年代もごっちゃになってしまって苦手です。
そして、「エリザベート」という名前も祖母と孫娘が同じですが、
なんで同じ名前をつけるんでしょうね?
同じ名前の王様が何人もいて、よけい混乱して、ますますわからない。

なので、ほとんど時代背景を知らずに読んでいったのですが、
激動の時代の中、驚くような波乱万丈の生涯です。
世界史の教科書では無味乾燥のように思えた出来事が、
血肉をもって感じられてきて、とても興味深く読みました。

そして、ラストエンペラーならぬラストプリンスの彼女は、
時代に流されるだけではなく、
さすがあのエリザベートの孫娘と思えるような、
意志の強さと情熱を持っていてすごいです。

エリザベートは、1883年、ヨーロッパに君臨したハプスブルク家の
皇太子ルドルフとベルギー王室から嫁いだステファニー妃との間に生まれた。

エリザベート5歳の時、父の皇太子ルドルフが男爵令嬢マリー・ヴェッツェラと、
マイヤーリンクの狩猟の館でピストル自殺を遂げるという大事件が起こる。
往年のフランス名画「うたかたの恋」にもなっているが、
この心中事件の真相はいまもなお明らかではない。

この事件で、オーストリア=ハンガリー帝国フランツ・ヨーゼフ皇帝は、
一人息子である正統の世継を失った。皇后エリザベートはこの事件以降、
喪服を脱がず、哀しみが癒されないまま旅から旅への放浪生活を続ける。
妃(皇女エリザベートの母)ステファニーは、一人宮廷内に残されて、
身の置き場がなく、こちらも旅から旅へと渡り歩くようになる。
エリザベートは宮廷内で幼い娘の話し相手もいず、孤独に育つ。
そんな彼女をフランツ・ヨーゼフ皇帝は溺愛し、多忙な政務の間、
少しでも時間があると孫娘と遊んだ。

エリザベート15歳の時、祖母で伝説的な美貌を誇る皇后エリザベートが暗殺される。

ルドルフ皇太子亡き後、皇位継承者は、フランツ・ヨーゼフ皇帝の甥
フランツ・フェルナンド大公になっていた。彼は身分違いの伯爵令嬢との結婚が
「貴賎結婚」として長い間認められなかったが、やっと条件付きで認められた。
その条件はフェルナンドが皇帝になっても伯爵令嬢ゾフィ・ホテクには皇后の称号を
与えず、生まれる子供にも皇位継承権はないというもので、ゾフィは30人あまりの
大公女たちの最下位に置かれ、公式の行事にフェルナンドと一緒に出席することを
ほとんど許されなかったという屈辱的なものであった。

このフランツ・フェルナンド夫妻が、1914年にサライェヴォで暗殺された皇太子夫妻で、
この暗殺事件が第一次世界大戦の引き金になったというのは世界史で習いましたが、
この事件の背後に、貴賎結婚による宮廷のイジメがあったということが興味深かったです。
伯爵令嬢ということで、一段低く見られて、宮廷内で差別されるゾフィと、
妻を愛しているがために屈折し、孤立していくフランツ・フェルナンド。
サライェヴォはテロの心配があると周囲は心配したのだが、サライェヴォ訪問では、
初めて夫妻揃って出席できるということで、皇太子夫妻は出かけたとのこと。
そして、暗殺後の葬儀の時にまで、ゾフィの棺の扱いが差別されていて、
それを見た人々の怒りが「セルビア打つべし」という世論になっていったのだとか。

‥‥なぜ、そこまで身分にこだわるのか、現代の庶民である私から見ると
全くわからないのだけど、身分違いの恋は、ドラマにも多くあって、
ロマンチックなものだと思っていたけど、数々の障害があって、
当事者たちが屈折しちゃうこともあったんでしょうねぇ。

でも、こんな「貴賎結婚」に対するタブーは、どんどん崩れていったんです。

母ステファニーが、ハンガリーの伯爵と再婚して宮廷を去る。
伯爵だが、元皇太子妃には身分違いの貴賎結婚で、エリザベートは反対するが、
苦しかった母の立場を思い、結婚は認めるようになるが、結婚式には出なかった。

そして極めつけが、エリザベートが、社交界デビューとなった宮廷舞踏会で
出会ったオットー中尉に一目惚れして、皇帝にたのみこんで、
婚約者がいるからというオットー中尉の断りも聞かずに、結婚してしまうこと。
オットー中尉は上級貴族との結婚も許されない貧乏貴族で、
フランツ・フェルナンドや母ステファニーの結婚とも比べ物にならないくらいの
貴賎結婚で、皇帝も何度も説得するのだけど、最後はかわいい孫娘のために、
オットー中尉にエリザベートとの結婚を命じてしまうのだった。

しかし、この結婚、現代の私から見ても、身分違いはともかく、
同年代とのつきあいもほとんどないままに育った17歳のエリザベートの初恋で、
若気の至り、非常にあやうい結婚だと思えて、私が親でも反対すると思うけど、
エリザベートの情熱と、意思の強さはすごいというか‥‥。

この結婚式の前日、エリザベートは、皇位継承権を放棄する署名をする。
ハプスブルク家はマリア・テレジア女帝の例があるように、
男子がいない時には、女子にも皇位継承権を認めている。
エリザベートは皇帝のもっとも近い血筋なのに、なぜあっさりと
皇位継承権を放棄した、またさせたのか、多くの人が疑問を持っているとのこと。

莫大な持参金、財産と共に、各方面からの祝福を受けて、若い二人は結婚する。
豪華で長い新婚旅行、贅沢で幸せな新婚生活。二人の間には4人の子供に恵まれる。
だが次第に二人の間にすきま風が吹くようになり、夫の浮気現場を見つけた
エリザベートは、ピストルを発砲するという激しさを見せる。
オットーとの不和に悩むエリザベートは、海軍少尉レルヒとの不倫の恋に
のめりこんでいく。が、レルヒは第一次世界大戦で戦死してしまう。
さらに、フランツ・ヨーゼフ皇帝が第一次世界大戦の最中、1916年に、
86歳の生涯を閉じる。在位68年。エリザベートは大きな庇護者を失ってしまう。

このあたりまで、エリザベートは自由奔放なわがまま娘といったカンジで、
浮気については、私はオットーの方に同情してしまうところがあるんですが。

1917年3月のロシア革命では300年続いたロマノフ王家が崩壊。
共産主義のイデオロギーが入り込んでくる。
ナショナリズム運動が盛んになり、帝国内の諸民族が次々と独立し、
ハプスブルク家は――カール皇帝が即位し、活路を見出すべく様々な手を
打っていたのだが――1918年秋にあっけなく崩壊する。

エリザベートは、フランツ・ヨーゼフ皇帝存命中からオットーとの離婚交渉を
進めていたが、敗戦間もない1919年、オットーが離婚裁判を起こし、
裁判所は4人の子供のうち、2人をエリザベートに、2人をオットーにという
判決を下す。子供たちを引き渡したくないエリザベートは各方面に支援を求めるが、
皇帝亡きあと、旧王族たちは、スキャンダルばかりの自由奔放なエリザベートとの
つき合いを絶ってしまっていた。唯一、力になってくれたのが社民党だった。

社民党の集会に出かけたエリザベートは、地区責任者である
レオポルド・ペツネックに会い、その素朴で誠実な人柄に惹かれる。
ペツネックは、「これは人権の問題で、身分の問題ではない」と、助けてくれる。

二人は互いに惹かれあって結婚するのだが、これには、
ゴシップには慣れっこのウィーン市民もさすがに絶句した。
ハプスブルク家の皇女と、貧農出身の社民党のリーダーの再婚!
「赤い皇女」というエリザベートの新しい呼び名は、またたく間に広がった。

それからオーストリアの苦難の歴史が始まる。ヒトラーによるオーストリア併合、
第二次世界大戦。外国語のよくできるエリザベートは、ラジオを聞くのも命がけの
時代、密かに反ナチの活動を続ける。
ペツネックは、強制収容所へ送られるが、生き地獄の中、紙一重で助かる。
戦争が終わっても、ウィーンは占領され、エリザベートの屋敷はソ連軍に続いて
フランス占領軍によって接収されてしまう。

戦後、東欧諸国が共産化して、スターリンの鉄のカーテンの中に入る中、
オーストリアが西側に入ったのは、本当に、奇跡的なことだったんだと、
この本を読んで知りました。このあたりのことは、何度読んでも複雑で、
よく理解できないんですが、カール・レンナーという、かなり老獪な首相の
力が大きかったことがわかります。そしてペツネックもレンナーの下、
ソ連との交渉にあたります。

戦後10年経った1955年、ようやくオーストリアは中立国として独立する。
彼女は72歳で、リューマチでで不自由な体ではあったが、
やっと自分の館に戻れる。しかし、喜びもつかの間、
翌年、愛する夫が心臓発作で亡くなってしまう。

悲しみに暮れる彼女に、旧帝国であったハンガリー動乱が
ソ連によって制圧されるニュースが入り、エリザベートは生きる気力を失い、
絶望と孤独の中、愛犬に囲まれ、1963年3月に老衰で亡くなる。
遺言によって、美術品などは一切がオーストリア共和国に寄贈された。
彼女の墓は、歴代のハプスブルク家の霊廟から遠く離れた郊外のわびしい墓地にあり、
ペツネックと並んで眠っているとのこと。この墓のことは彼女の遺言だそうですが、
墓石には名前も碑銘もないという、いかにもきっぱりと激しい彼女らしい、
愛する夫と一緒というところが、また彼女らしいですね。

ハンガリーやチェコなど、東欧諸国については、私は社会主義の暗い国みたいな
イメージだったんですが、美しい町並みや歴史的遺産を知るにつけ、
豊かな文化を持つ国で、苦難の歴史をたどったんだと思わずにはいられません。
ハプスブルク帝国の時代、その美しい王城で過ごしたエリザベートが、
鉄のカーテンにさえぎられ、弾圧される人々(その中には昔の知り合いもいる)
を思う気持ちは、さぞ苦しいものであったであろうと思います。

今、自由に行き来できるようになった欧州を、彼女はどう見るでしょうか?

しかし、この本のことを書こうと思って、図書館からもう一度借りてきましたが、
歴史や政治のことを書いてあるところは全くと言っていいほど覚えてなかったですし、
もう一度読み直してもよくわからなくて‥‥ヒトラーの強引で巧妙なやり方とか、
大国に翻弄される小国の悲哀とか‥‥戦争反対と唱えるのは簡単だけど、実際、
戦いに巻き込まれていった時にはどうしたらいいのだろうかとか、難しいですね。
苦難の歴史の末に今の平和があるわけで、もっと歴史に学ばないといけないとは
思うのですが‥‥やっぱり複雑で難しいです。

文庫本も出ているようですね(上下巻に分かれているようです)

エリザベート〈上〉―ハプスブルク家最後の皇女 (文春文庫)

エリザベート〈上〉―ハプスブルク家最後の皇女 (文春文庫)

  • 作者: 塚本 哲也
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 文庫



エリザベート〈下〉―ハプスブルク家最後の皇女 (文春文庫)

エリザベート〈下〉―ハプスブルク家最後の皇女 (文春文庫)

  • 作者: 塚本 哲也
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 文庫



中村文則『何もかも憂鬱な夜に』 [本]

先日、中村文則の『世界の果て』を読みました。
感想はこちら:http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2009-09-23

ここまで読んだら、当然(?)、この人の本でまだ読んでいない
『何もかも憂鬱な夜に』も読まないとと、図書館から借りてきました。
しかし「何もかも憂鬱」かぁ‥‥いかにも中村文則らしい、暗く湿ったタイトルだなぁ。

何もかも憂鬱な夜に

何もかも憂鬱な夜に

  • 作者: 中村 文則
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/03
  • メディア: 単行本


中村文則の本はいつも装丁がいいのだけど、この本も、
雨に濡れたガラスから薄暗い景色が見える写真の表紙に、
ちょっと古風な字体でタイトルが配置されていて、またいい。

出だし、赤い小鳥と蛇のエピソードや、主人公がなぜか最初の記憶だと思っている
海と死んだ女の人の情景が、いつものキビキビとした文体で語られていて、
あぁ、暗く、まとわりつく雨のような疲労感(憂鬱)に満ちたこの人の世界だなぁと。

でも、この作品の読後感は、この人の作品にしては、救いがあるというか、
ちょっと安易じゃない?‥‥なんて思いながら‥‥泣けました。
暗い世界が少し明るくなりつつあるような、このラスト。私は嫌いではないです。

以下、ネタバレを含みます。


主人公は孤児で、施設で育ち、刑務官になる。
刑務官というのは、死刑を執行する任務もあるわけで、
主人公は勤務9年でまだ立ち会ったことはないのだが、
命じられれば、人を殺さなければならない。

死刑は当然だと思っていても、すっかり改心したような受刑者と毎日接していると、
何で今さら殺さなければいけないのかという気持ちも湧いてくるし、
刑務官は遺族ではないので、死刑囚はあくまで他人にすぎない。
そして、いざ執行という時に、死刑囚の「神様」という叫び声を聞いても、
それでも死刑を執行しなければならないのが刑務官であるわけで。

また、要領が悪く、臆病で、刑務所の中でいじめられたりしているが、
真面目に雑役を勤めている強姦犯。仮出所の日が近づいていたある日、
他の受刑者からの密書を預かるという重要な規律違反を見つける。
主人公はあえて、その密書を破り捨てて、上には報告しない。
しかし彼は仮出所してすぐに強姦事件を起こして、逮捕されてくる。
僕は待機室で、視野が狭く、どうしようもないほど、狭くなり、吐き気を覚え、トイレで吐いた。

倫理や道徳から遠く離れて、強姦という異常な興奮だけのために生きており、
真面目な服役ぶりは演技にすぎなかった。
「あなたのおかげで最後に一人!」などという犯人を前にした主人公の怒り。

そんな、罪と罰、死刑について、人間とは、倫理や道徳などを考えさせられながら、
物語は進む。

自殺した友人、友人の死から疎遠になってしまった恋人、施設での恩人
乳児院で別れたまま、生死もわからない弟のこと‥‥

刑務官として担当している二十歳の未決死刑囚。
彼は十八歳の時、たまたま通りかかった幸せな新婚の妻の後をつけて
マンションに入り込み、包丁で刺して殺害し、帰ってきた夫も刺殺した。
残虐極まりない犯罪。遺族もマスコミも死刑を要求している。

確かに、こんな残虐なニュースを聞くと、犯人に強い怒りを覚える。
何の落ち度も無く殺された幸せな夫婦の無念を思うと、
未成年とか、育った環境が劣悪とかいうのも言い訳にはならない、
死刑は当然でしょうという気持ちになる。

‥‥しかし、主人公は、施設での恩人の言葉を思い出し、

お前は、もっと色んなことを知るべきだ。お前は知らなかったんだ。色々なことを。どれだけ素晴らしいものがあるのか、どれだけ奇麗なものが、ここにあるのか。お前は知るべきだ。命は使うものなんだ。

と、彼に控訴を勧める。

ちょっと甘すぎない?‥‥と思いつつ、泣けました。
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中村文則『世界の果て』 [本]

久しぶりに小説を読みました。中村文則『世界の果て』

世界の果て

世界の果て

  • 作者: 中村 文則
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/05
  • メディア: 単行本


なんか最近は小説を読む気がしないんです。特に、
読後感が「ああ面白かった」で終わるような小説はどうも読む気にならないんですよね。

中村文則の本は一時期、まとめて読んだんですよ。ブログにも感想を書いてます。
中村文則「土の中の子供」 http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2008-01-14
中村文則「銃」「悪意の手記」 http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2008-01-27
中村文則「最後の命」 http://shizukozb.blog.so-net.ne.jp/2008-02-05
うーん、好きというのかなぁ? これらの、どーしようもなく暗い、
途中で読むのが嫌になるほど暗い、読後感もモヤモヤとした話。

この間、図書館で、中村文則の新しい本があるのを見つけて、手にとってみたんです。
(この本の前に『何もかも憂鬱な夜に』という本も出てたんですね)

とにかく装丁がとてもいい!
カルデラ湖なのか、荒涼とした山の中にほの白い湖面、
すべてが薄暮の中に沈んでいるようなモノクロームの暗い写真
そしてタイトルと著者名が白く細い明朝体でレイアウトされていて、
中村文則の小説世界をよくあらわしている。

そして、帯がまたすごくいい!!
(最近、市の図書館では、帯を見返しに貼り付けてくれている。
 映画本体より予告編の方が面白かったりするように、帯のコピーって、
 よく考えられていると思うので、この配慮はありがたい。)

黒に近いセピア色に、白に近いセピア色の文字で、
ほの暗さの快楽  若き「実存主義作家」の最新短編小説集
うんうん「ほの暗さの快楽」か! この人は実存主義作家なのかぁー、なんて。

そして、帯を作った人は、中村文則の一番の魅力をよく知っている!
この人の小説は、最初の一文がとてもいいことを。

――それぞれの物語はこのように始まる。――
僕は、これまでに幾度か、幽霊を見た。(「月の下の子供)
妻が死んでから、男は動かなくなった。(「ゴミ屋敷」)
「‥‥部屋を、探してるんですが」(「戦争日和」)
後ろをつけている人間がいる。(「夜のざわめき」)
部屋に戻ると、見知らぬ犬が死んでいた。(「世界の果て」)


このキビキビとした文章がとてもいい。そして、中村文則の小説、私は、
全体の構成とかより、ある一場面の描写が好きなので、短編というのは向いていると思う。

『月の下の子供』は、芥川賞受賞作の『土の中の子供』と、タイトルも似ているけど、
印象も同じようで、読後感は、暗さの中に落ち込んでいくような疲労感というか。
幽霊というのは結局なんだったのか、私にはよくわからないけど、イメージの美しさに魅かれた。
夜に輝く月の美しさ。地上の炎の美しさ。
炎って見つめているとその美しさに見ほれてしまうことがあるけど、
主人公は自分が火をつけられ、燃えて煙になることを空想する。幻影の子供に
「僕に火をつけろよ」と言うが、子供は拒絶する
――最も大切な人間に、火をつけるんだ。この世界で、最も大切だと思うものに。それを完全に燃やす火柱を、その美しい赤を、まだ見ていないから。
川に身を投げ、死ぬかと思ったが、助かり、憧れていた赤く美しい炎を見たと思ったが、
現実にはホームレスが焚く火にすぎなかったこと。
日常生活を描写するのに「つまらない」という形容詞を多様していたのも印象的だ。
「つまらない虫」「つまらない映画」「つまらない罵声」‥‥

『ゴミ屋敷』は、あとがきで著者が書いているが、「従来の僕の読者は驚かれたかもしれないけれど(中略)個人的に気に入っている
現実を離れ、シュールで諧謔味のある話になっている。
昔、学生時代、倉橋由美子が好きだった私としては、結構、こういう話、好きです。
「不条理」なんて懐かしい言葉も思い出してしまいました。
まぁちょっと荒いというか、この展開はどうかなと思うところもあったけど。

『戦争日和』もシュールで寓意にあふれた短編。
全く非現実の話なんだけど、明るく「戦争日和ですね。」という登場人物、実は
今の現実世界とそんなに離れていないのでは‥‥と考えさせられるような怖さがある。

『夜のざわめき』 小説家が主人公ということもあり、なんとなく作者の
夢――寝ている間に見るような、悪夢――と現実をごっちゃにして書いたのではないかと
思わせるような話。私も夜見る夢は、こんな、何かをしなければいけないのにできないとか、
どこかに行かなくてはいけないのに行けないなんて夢が多いです。

『世界の果て』
部屋に戻ると、見知らぬ犬が死んでいた。」で始まり、その犬の死体をどう始末したらいいか、
自転車の荷台に乗せて夜の街をさまようという、カフカあたりの実存主義文学を思わせる作品。
(あ、私、カフカは『変身』を読んだくらいで、あまり詳しくないので、間違っていること、
 生意気なことを言っていたらすみません。)
そして、このまま主人公はいつまでもさまようのかと思うと、章が変わり、第2章では、
アパートの隣に住む画家が、犬の死体を自転車に積んだ男とすれ違うところから始まります。
ホームレスのテントで暮らすようになる画家。
第3章は不登校の高校生が包丁を買うところから始まり、人を刺すまで。
この展開はだいたい予想がついたというか、いかにも現代のニュースそのままのような展開だと
思うのですが、やはりこの高校生の心理描写が迫力というか。
よく犯罪者が「人を殺せ」という声を聞いて刺したと報道されることがありますよね。
この高校生は「包丁を買え」という声を聞いて包丁を買ったのだが、その後の声が聞こえなくて、
焦りや苛立ちを感じていくところがなんかリアルだなぁと。
第4章はちょっと変わって、フリージャーナリストが失踪者の謎を追って、ある旅館へ行くという話。
その旅館は○○樹海の近くにあり、多くの宿泊者が行方不明になっているという。
そこで、そのジャーナリストは最初の失踪者は自分だったと気付いたり、
○○樹海へ行こうとすると、「犬」が案内したり。
そして第5章は最初の犬を捨てる男の視点に戻って終わる。
うーん、「犬」のイメージとか、話がぐるぐると回るような、夢の中のような、
なんか不思議な読後感、不可解なところが、私は好きなんでしょうかね?

とにかくものすごーく暗い本なので、お勧めはしません。図書館でも人気ないのか、
もしかして借りるのは私が最初? しおりの紐が、使っていないままにはさんでありました。

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『この星のぬくもり――自閉症児のみつめる世界』 [本]

最近読んで感動というか、読後感が重いというか、いろいろ考えてしまった本
(コミックですが、本のカテゴリーに入れます)

曽根登美子
『この星のぬくもり』

この星のぬくもり―自閉症児のみつめる世界 (たまひよコミックス)

この星のぬくもり―自閉症児のみつめる世界 (たまひよコミックス)

  • 作者: 曽根 富美子
  • 出版社/メーカー: ベネッセコーポレーション
  • 発売日: 1997/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



副題は「自閉症児のみつめる世界」
自閉症者・森口奈緒美さんとお母様・尚子さんのお話を参考に作られたフィクションです。

‥‥しかし、感想をブログにアップするかどうか、ちょっと迷ってしまったのは‥‥
私がこの本で感動したことを書くには、息子のことを書かなくてはいけないから。
――実は、息子は今、ニートなんですよ。
大学を卒業して、4月から正社員となったんですが、色々うまくいかなかったようで
‥‥1ヵ月程で辞めてしまいました。

だいたい私の息子は、人間関係に問題があるというか‥‥ずっと友人もいないようですし、
とにかく動作がのろく、不器用です。

そんな性格なので、当然イジメにも遭ったようで、中学校の時に不登校もやりました。
私はずっと、この子はなんかヘン、ちょっとおかしいのではないかと思ってきました。
なので、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とか学習障害についての本も読んだりもしてきました。
でも、そういう本は難しくて、なかなか全部を読み通すことができませんでしたし、
あまり理解できませんでした。

この本は、マンガだけあって、自閉症を持って生きるとはどういうことなのかというのを、
登場人物に感情移入して、すんなり読むことができました。
そして、自閉症児を持った親の大変さというのが、とてもよくわかりました。
我が子にどんなに愛情を持って接しても、自閉症の子供は、「人と物の区別ができず」
「母親の愛情さえも 理解することは困難です」と全く応えてもらえない状態。
そんな子供を育てるには、普通の子供の何倍もの負担がかかるのに、周囲からは「育て方が悪い」と、批判を浴びなくてはならない‥‥そんな母親の心を思って泣けました。

自閉症‥‥この言葉には、自分の意思で人との接触を断ってしまうようなカンジがありますね。
引きこもり=自閉症みたいな。

「自閉症はその子供たちが誕生か幼児の頃に受けた とらえがたい 脳の機能障害と考えられ
 原因は明確にわかってはいない。
(遺伝や親の年齢や 育て方との関係は 認められていない)

「自閉症児は特に 人間関係において
 正常な社会的発育ができない状態を指し、
 約3人に2人の割合で 知的障害を伴っている」とのことですが、

この本の主人公・中村愛里は自閉症だが、IQ上知的障害とみなされない高機能自閉症
「ハイファンクション」 なので、ずっと普通学級に通っています。

「『ハイファンクション』は、普通かそれ以上の勉強ができたり、優秀な能力を発揮したりするので、
 かえって『自閉症』を抱えている困難をわかってもらえず、
『わがまま』『自分勝手』『躾がなっていない』などと誤解されがち」

愛里ちゃんも、小学校、中学校、高校といじめられ続け、とうとう高校を中退して、
「それから長い時間 私は家に引きこもった」

「協調性」ということを特に求められる日本の社会や学校において、
愛里ちゃんのような自閉症児がイジメにあう可能性が多いことは容易に想像できます。

クラスのみんなから言われます。
「すぐにカンシャクを起こすから怖いよ」
「急に私たちの輪の中に入って 関係ないことを ずっとしゃべったりするのはやめて下さーい」
「愛里ちゃんがいるだけで 集団行動がみだれます」
「愛里さんはわがままです」
「みんなに嫌われて当然だよ」

愛里ちゃんは必死で、カンシャクを起こすのを我慢し、みんなに合わせようと努力します。

でも‥‥「集団でやらなければならないこと」に真面目に取り組んでいるのに、
なぜかいつも「集団」から浮き上がってしまう。

自閉症の人は“空気が読めない” 本音と建前の使い分けができない。
例えば、お祝のスピーチにそぐわないことを言って、周囲から非難されても、
本人は、正しいことを言ったのに、なぜ歓迎されないか全く理解できないとのこと。

「自閉症の子供は 他人がみているものは 理解できるのですが
 何を考えているか ということを おしはかることが困難なのです」

なので簡単にだまされたりもする。相手の心の裏側(複雑な感情)がみえないから。

愛里ちゃんは
「幼稚園に通う頃になっても 私は人の顔がわからず
 せいぜい大人と子供の区別がつくぐらいだった。」

小学生になってもクラスのともだちの見分けがつかない。
「私は未だ“トモダチ”の顔の表情が読み取れず
 目・鼻・口のその時の違いを一つ一つ絵にして
 まる暗記して コミュニケーションに役立てようとした」

「クラスメート全員の顔の見分けがつくようになったのは
 小学校6年生になった頃だった」 とのこと。

ウチの息子も、もしかしてクラスメイトの顔の見分けがついてなかったんじゃないかと思います。
クラスメイトの名前とか、先生の名前もほとんど覚えてないみたいなんですよ。

まぁ、実は私も顔の見分けについては苦手で、スターの顔とかもあまりわからないのです。
私がドラマや映画にイマイチのめりこめないのは、このあたりも関係しているかと思うのですが。
(登場人物がごっちゃになっちゃうんです。その点、アニメは“記号的”なのでいいのですが)
パート先でも、何回も来て下さるようなお客様がわからないので、よく怒られています。


しかし、この本を読んで感じたのは、
「息子はこの愛里ちゃんほどひどくはないが、愛里ちゃんほど頭はよくない‥‥」

なにより、息子は多動ではないし、パニックなども起こさなかったので、育てるのはラクでした。
愛里ちゃんの母親の苦労には本当に大変だなぁーと同情します。
愛里ちゃんがパニックを起こすのは、
「どうして 決められた場所に決められた物がないの!?」と「ワタシの世界が壊れる」時、
なので、お店の陳列が変わっていたり、部屋に見慣れないモノがあったりすると大暴れしたりする。

あぁ、こういう「こだわり」って、あるみたいですね。
パート先には時々近くの授産施設の子(肉体的には成人なんですが)が時々お客様で来てくれるんですが、なかなか注文が厳しいんですよね。ショーケースが変わっていたりすると「これなに?これなに?」と、やたらうるさくて、うっとおしがられているんですが、これは、脳の何かの機能障害のせいなんでしょうか?

でも、この本でも、はたして息子は自閉症なのかどうかは、わかりませんでした。
どこからが自閉症で、どこからが正常なのか、
(私についても、対人的な事はどうも苦手とか、人の顔の区別がつかないことなど、
 このマンガを読んでいて、自分も自閉症的な傾向があるのかなぁと思ったりもしましたし)
一口に自閉症と言っても、色々な症状があり、様々な子供がいるので、
ネットなどで少し調べても、専門家でも判断が分かれたりするようですね。
最近よく聞くようになった「アスペルガー症候群」は「知的障害がない自閉症」でいいのか、
自閉症と注意欠陥・多動性障害とか学習障害とはどう違うのかとか、
これから調べてみたいと思います。
脳の機能障害と、性格とか個性といったことについても考えてしまいました。

そして、何より知りたい、息子にこれからどう接していったらいいかということも‥‥

この本のモデルとなった森口奈緒美さんがあとがきで書いています。
「今までの自閉症児教育の一番の問題点は、とかく症児の社会性や協調性の訓練だけが強調され続け、本人の長所や才能を伸ばす教育が、あまりにも疎かにされてきた事だと思います。」

‥‥確かに、日本の普通の学校教育においては、自閉症児は多分いじめに遭うと思われ、
無駄な努力をした挙句、かえって引きこもりになってしまったりする結果になってしまうかもしれない。

でも、ある程度は集団生活での訓練というものは必要ではないかと思うし、
森口さんは現在は執筆活動などをされる程の才能があるのでいいし、
切り絵画家や彫刻家、家具職人として成功している自閉症の人を紹介されていたが、
自閉症なら何か特別な才能があるわけではないでしょう。「長所や才能を伸ばす教育」と言われてもねぇ‥‥

これなら人には負けないとか、寝食を忘れて熱中するほどのものがあれば、それを生かした仕事がないかと思うのですがねぇ。ずっとパソコンの前でネットやってます(2チャンネルとか) この不況で、息子のように不器用で社会性もない者には、なかなかバイトもみつからないんですよねー。

家にいるのなら、掃除とかの家事をさせたいのですが‥‥ものすごく不器用なのと、私に忍耐力がないのとで、なかなかさせられないんですよ。例えば、洗濯ものをたたむというのも、何度も見本を見せているのに、そのとおりにたたむというのができないんですよ。別に難しいたたみ方をさせているわけではないんです。タオルをたたむことさえ、時間がかかった挙句、きちんとできてないんです。それも言わないとやらない。掃除も、見ている間はものすごくゆっくり手を動かしているんですが、「じゃ、あとは頼むね」と私がいなくなると、もうそれまでなんですよね。こんな仕事はイヤだと反抗しているわけではないんです。
つい「なんでこんな簡単なことができないのッ!」と声を荒げてヒステリックに怒ってしまいますが、「なぜできないのか」と本人が一番思っているのかなぁと、後で反省したりするんですけどね。

あぁ、本の感想から、最後はグチになってしまいました。まとまりなく長くてすみません。
‥‥ブログにアップしていいかなぁ。

でも、この本、今まで自閉症に興味がなかった人には自閉症についてわかりやすく書かれているし、
身近に自閉症児がいる方には、なぜ自閉症児が「ヘン」な行動をとってしまうのかわかりますし、
自閉症で苦しんでいる本人には、ずいぶん救いになるのではないかと思います。

平成9年(1997年)出版の本です。私はたまたま図書館の「マンガ」の棚で見つけました。
もし図書館等でありましたら、ぜひ読んでみてください。

2007年に出版された文庫版もあるようですね。

この星のぬくもり―自閉症児のみつめる世界

この星のぬくもり―自閉症児のみつめる世界

  • 作者: 曾根 富美子
  • 出版社/メーカー: ぶんか社
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 文庫



タグ:自閉症
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